会計のプロにコンサルを依頼する

 会社の役員に相談してみたが、誰もが素っ気なかった。何とかしなくてはと思っても、どうすることもできない。時間は空しく過ぎ去るばかりだった。革張りの椅子に座って書類に判を押すだけの憂鬱な日々が続いた。

 それから1カ月ほど経ったある日曜日の夕方。母の里美が思わぬ人の名前を口にした。

「マンションの2階に住む安曇さんに相談したらどうかしら?」

「あのもじゃもじゃ髪の……」

 近くのスポーツクラブで、若い女性に混じって汗だくになってエアロビクスに励む安曇の姿が由紀の目に浮かんだ。

 「お父さんから聞いたのだけど、あの人、公認会計士の資格を持っていて、上場企業の社長もして、今は大学院で会計(※2)を教えているそうよ。本も何冊か書いてるわ……」

 里美は書棚から安曇が書いた会計の本を取り出して、由紀に渡した。その本には、由紀が知りたいと思っていることが、やさしい言葉で、わかりやすく書かれていた。

「今からコンサルをお願いしてくる」

 そう言い残して、由紀は部屋を飛び出した。

 201号室のチャイムを押してしばらくすると、片手にワイングラスを持った天然パーマの中年男が現れた。由紀は、玄関で用件を手短に伝えた。

「喜んで君の力になろう。ただし条件がある」

 安曇はコンサルティングを引き受ける上で、3つの条件を出した。

 まず、レクチャーは月1回。教えたことは必らずその月に実行すること。

 次に、レクチャーは美味しい食事をしながら行うこと。

 そして、最後に、報酬は1年後に由紀が払いたいと思う金額とすること、だった。

「僕の趣味は食事とダイエットでね」

 安曇は大まじめに言った。フィットネスジムでバンダナを巻き、汗を流す安曇の姿を思い出して、由紀はくすっと笑った。

(※2)会計…会社が行う会計には財務会計と管理会計の2つがあります。財務会計とは株主、銀行や取引先、国や地方公共団体など外部の利害関係者(ステークホルダーと言います)に対して、会社の業績を報告するための会計です。一方の管理会計とは、経営に必要な情報を提供するための会計のことで、“計画と統制”を対象とした会計です。本書は主として管理会計について書かれています。

(次回は9月26日更新予定です)


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