融資打ち切りの通告

 株主総会の翌日のことである。由紀に思ってもいなかったことが起きた。

 珍しくメインバンクである文京銀行本駒込支店長の高田五郎がやってきて、由紀の社長就任の挨拶が終わると、薄い黒カバンから書類を取り出して机に置き、話を始めた。

「御社とのお取引の件ですが……」

 高田は、ハンナに対する融資の状況と、これまでの源蔵とのやりとりを説明した。ここ数年、ハンナの業績は悪くなる一方だった。高田はリストラを断行するよう何度も忠告してきたという。

 ところが、源蔵は業容の拡大を続けた。ブランドを増やし工場を増設した。その結果、ハンナは運転資金(※1)にも事欠くようになってしまった。高田は、このままではハンナは早晩行き詰まるだろうと、考えていた。しかも、新社長の由紀は先週までデザイナーをしていた経営の素人である。行き詰まったハンナの経営を立て直せるはずがない。できる限り早いうちに多くの貸付金を回収して、倒産による銀行の損失を最小にしなくてはならない、と高田は思っていた。

 (いまがそのチャンスだ)

 目の前で不安に怯える由紀に優しく言った。

「お父さんができなかったリストラを、ぜひ実行してください。ただいつまでも、と言うわけにはいきません。今日から1年間、時間を差し上げます。頑張ってください」

 短い沈黙の後、高田はおもむろに付け加えた。

「本店からの指示がありまして、今後追加の融資には一切応じられないことになりました。また、ご自宅も引き続き担保としてお預かりいたします。それから、新社長には個人保証をお願いします」

 何もわからない由紀は、言われるままに書類に実印を押した。

 高田が帰った後、由紀は大変な事態に巻き込まれてしまったことに気がついた。父親から引きついだ会社は借金漬けの泥船だったのだ。しかも、借金の個人保証までしてしまった——。

 (このままでは無一文になってしまう。どうすればいいの……)

 不安は頂点に達した。

(※1)運転資金……原料の購入、給与や事務所経費の支払いなど日常の経営活動に必要とする現金のこと