これからビジネスパーソンに求められる能力として、注目を集めている「知覚」──。その力を高めるための科学的な理論と具体的なトレーニング方法を解説した「画期的な一冊」が刊行された。メトロポリタン美術館、ボストン美術館で活躍し、イェール・ハーバード大で学んだ神田房枝氏による最新刊『知覚力を磨く──絵画を観察するように世界を見る技法』だ。発売から1週間を待たずして大増刷が決定するなど大きな反響を呼んでいる同書から、一部を抜粋・編集して紹介する。
知覚力を磨く「最も確実な方法」とは?
創造・意思決定・知識の構築・知的生産など、ビジネスと日常の主軸となる活動の行方は、人間の「知覚」によって大きく左右されます。
これ以外にも、問題解決のための思考プロセス、対面やメールを通じたコミュニケーション、制作や手術といったパフォーマンスなどにおいても、眼の前のデータ・資料、相手の言葉・表情、状況などの「解釈」が存在する以上、やはり知覚が多大な影響を及ぼしています。
ではいったい、知覚の「質」を高めるには、どうすればいいのでしょうか? どんなアクションを取れば、より鋭敏に情報を受容し、新しい意味づけを獲得できるようになるのでしょうか?
思考と知覚の大きな違いは、それ自体がコントロールできないことにあります。なんらかの現実を前にしたとき、私たちはすでに一定の知覚を”持ってしまって”いるわけです。したがって、ここでは思考を改善するときのような方策を取るわけにはいきません。
知覚には、次の「4つの改善アプローチ」が存在しますが、今回はそのうちの2つをご紹介することにしましょう(残りの2つはまた次回にお伝えします)。
知覚を磨く方法(1)
「知識」を増やす
知覚とは「感覚器を通して得た情報を、学習・経験から得た既存の知識と統合して解釈すること」にほかなりません。受容したのがどんな情報であっても、脳内に蓄積されている知識が多ければ多いほど、より幅広い解釈の可能性が見込めます。したがって、学習・経験を通じた知識基盤の拡大は、やはり知覚の質的向上につながり得るのです。
ここで悩ましいのが、「何を学習するのか」「何を経験するのか」ということです。
選択肢は膨大ですが、まずは手始めに、自分が携わっている仕事とゆるく関連する分野を意識するといいでしょう。たとえば、営業職の人なら製造職のような社内の異なる部署を担当してみたり、経営コンサルタントが消費者心理学や倫理学といった関連分野を学んでみたりするといったケースです。また、異業種の人たちと特定のトピックについて議論したり、海外に赴任したりすることも、比較的すみやかに知識基盤の拡大につながります。
ただし、創造性に関する研究に多大な貢献をした心理学者のサーノフ・メドニック(1928~2015)が指摘したとおり、高い創造性は「関連性がより希薄なものをあえて結びつけること」で実現されます。これが提唱されてから半世紀以上経たいまも、この説の正しさはあらゆるところで証明され続けていますから、慣れ親しんだ分野の外にも広く「学びのアンテナ」を張っておくことは意識すべきでしょう。
このとき大切なのは、ただ自分からかけ離れたものを学ぶだけではなく、それらの異質なもの同士を「関連づける」という視点です。
知覚を磨く方法(2)
「他者」の知覚を取り入れる
言うまでもなく、1人の人間の知識には限りがあります。つまり、ある個人が抱く解釈は、存在し得るあらゆる解釈の幅からすれば、ものすごく狭いということです。
この限界を超えたければ、自分とは異なる他者の知覚を取り入れるべきです。実際、人々の知覚を集合させたときには、驚異的な発見につながることがありますし、他者の意味づけから思いもよらない学びが得られることも少なくありません。
「自分にはない知覚」を得たければ、経験や背景がまるで異なる人物(たとえば業種・年齢・性別・国籍など)に対してオープンになるのが、まず間違いのない選択です。同じような知識を共有している人たちのあいだでは、知覚も似通ってくる可能性が高く、同質的な人間関係に甘んじていると、いっこうに解釈の幅が広がらないことがあるからです。
しかし人間は本来、共通点に心が躍る生き物です。眼の前にいる相手が、同じ専門分野・年齢・出身地・出身大学・趣味だとわかった途端、その人になんらかのシンパシーを感じてしまうのはほとんど避けられません。実際、共通点がある人とのコミュニケーションのほうが円滑に進むことも、心理学的に証明されています。
しかし、自分と似た人ばかりと群れている状態は、知覚力に大きなメリットを及ぼしません。知覚の質を高めたいなら、共通点に基づいたコンフォートゾーンを超え出る勇気が必要になります。
そうは言っても、つねに刺激的な知覚をシェアしてくれる「他者」に出会うことは、なかなか難しいという人も多いでしょう。このときこそ「読書」の出番です。
私たちがなぜ本を読むのかと言えば、それは、ふだん巡り合えないバックグラウンドを持つ人(著者)たちの知覚と出会えるからではないでしょうか?
読書は、知覚の幅を広げてくれると同時に、方策(1)でもご紹介した知識構築の面でもプラスになるので、まさに一挙両得のアクションだと言えます。
現に、世界の一流経営者たち──ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツ、イーロン・マスク、孫正義、柳井正、マーク・ザッカーバーグなど──が熱烈な読書家であることは有名です。たとえば、ゲイツは1年で50冊、ザッカーバーグは2週間で1冊を目標にしているといいます。
しかし、ここで冊数以上に注目すべきなのは、彼らの読書のジャンルが、哲学・小説・アート・歴史・サイエンス・政治・経済・心理学・ビジネス・テクノロジー・児童書という具合に、きわめて多岐にわたっていることです。その意味で、彼らは「知識を得るため」以上に、「知覚の幅を広げるため」に本を読んでいると言ってもいいでしょう。
たとえば、ゲイツは「学習すればするほど、知識をあてはめられるフレームが広がる」と語っています。彼はあえて知覚力向上を狙いながら本を読んでいるのでしょう。
また、ベゾスは実際に、書籍から得た知覚を、自社経営に取り入れています。アマゾンには「ビジネスにはスピードがつきもの。多くの意思決定や行動は可逆的だから広い調査は不要である。計算されたリスクを取ることに価値を置く」という行動原理がありますが、これはウォルマート創立者であるサム・ウォルトンが『メイド・イン・アメリカ』で語っていた経営ビジョンを参考にしたものだそうです。
いかがでしょうか? 多くの人はどうしても自分の好みに偏って読書してしまいがちです。みなさんの読書は、本当に「他者」に出会えていますか? 自分との共通点のなかに閉じ籠っていませんか?