文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。元東京都知事・石原慎太郎の、コワモテだけどなぜか人が離れない魅力とは。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)
「殺人事件の横に置くな」
石原慎太郎から突然のクレーム
石原慎太郎さんというと、作家よりすでに都知事や政治家のイメージが強いと思います。しかし、ご本人は政治家より作家、いや思想家として生きたいと考えておられると感じます。
実は、彼が何らかの政治行動をとるときは、必ずその前に文芸春秋の純文学系雑誌『文學界』に小説を寄稿しているのです。都知事選の立候補しかり、石原新党の立ち上げしかり……。
政治家オンリーの人間であれば、大きな政治活動の前に、小説を書くという途方もなくエネルギーを使う作業をやるわけがありません。彼にとっては、政治とは思想の延長にある実践であり、その意味では現代日本、いや過去の日本人にも珍しい考え方を持った政治家だと思います。
一方、編集者としても、お付き合いの仕方は複雑です。政治家としてお付き合いする場合は、ノンフィクション系の編集者。文学者としてお付き合いするには文芸傾向の編集者。まあ、文春の人間は双方経験しているので、その場その場で、どちらかの顔をしてお付き合いします。
が、石原先生の作品への思い入れは、並の作家以上でした。石原新党騒動がモヤモヤしているとき、「久しぶりに石原先生の自信作が出るので、週刊文春で取り上げてほしい」と社内から依頼があり、紹介記事を掲載することになりました。
それから1カ月以上のち、石原先生から電話がかかってきました。もうその小説に関する記事のことを私自身忘れていたし、こちらから新たなお願いもしていません。
「何の用事かなあ」と電話に出ると、耳が痛くなるような大声で「バカヤロー!」と怒鳴り声が。