『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』。この税込3000円超、788ページの分厚い1冊が、今爆発的に売れている。発売わずか1ヵ月半で7万部を突破し、書店店頭やネット書店でも売り切れが続出。ただ読むだけでなく、多くの人がSNSで「こんな風に学んでいます」「実践しています」と報告する、稀有な本だ。
興味深いのは、本書の著者が学者でも、ビジネス界の重鎮でもなく、インターネットから出てきた「一人の独学者」である点。著者の読書猿さんとは何者なのか? なぜこれほど博識なのか? そしてどんな思いから、この分厚い本は完成したのか? メディア初のロングインタビューで迫る。
第1回は、「読書猿」になる以前の、子ども時代にさかのぼって話を聞いた。
(取材・構成/樺山美夏、イラスト/塩川いづみ)

「本を読むのが恐ろしく苦手」な子どもだった

――読書猿さんというくらいですから、幼い頃から本に囲まれた環境で育ったのでしょうか?

読書猿 実は、本を読むのが恐ろしく苦手な子どもでした。おそらく生まれつきの脳の仕様の問題だと思うのですが……一冊の本を続けて読めないんです。少し読むと連想が爆発して、ヘトヘトになってしまう。学生時代は長くて20分くらいが限界でした。

 だから、当然長い本は読めないし、少しずつ読んでいくと、一冊の本を読み終えるのに、5年とか、10年とかかかります。今は老いたので、連想の爆発がましになって、もう少し続けて読めますが。家庭環境も、父は普通の工場労働者でしたので、実家に本棚はひとつしかありませんでした。

――読書猿さんがもともと本を読むのが苦手だったというのは、かなり意外です。小学校から中学校くらいの頃は、どんな本を読んでいたのでしょう。

読書猿 「細切れ」で読めるものを選んでいました。

 読み物で初めて夢中になったのは、科学にまつわるQ&Aをオムニバス形式でとりあげていく『コロ助の科学質問箱 (学研まんがひみつシリーズ)』ですね。最初はいとこの家にあったものを借りたんですが、本が壊れるぐらいボロボロになるまで読んで、ガムテープで修理したのを覚えています。

 小学3年生の頃、自宅から徒歩圏内に図書館ができてからは、いろんな本を借りにいくようになりました。

 文字を覚えるのも読むのも書くのも、人より遅かったので、夢中になったのは図鑑です。図鑑なら、そんなにたくさん文字がないので、僕でも読めた。国旗や昆虫や恐竜の名前を詳しく覚えている子どもたちが時々いますが、僕の場合は野鳥でした。
 シラサギとひと口にいっても「コサギ」「チュウサギ」「ダイサギ」の3種がいるとか、波形を描いて飛んでいるのはセキレイの仲間だとか……実際に鳥を見たのはずっと後ですが、当時はそんな知識を集めては、喜びとしていました。

 そのあとハマったのが『現代用語の基礎知識』。これは自分の本だったわけではなくて、父親と本屋へ行ったときに買ってもらったものです。父が「若い頃買ったことがある」と言い、こちらの顔を見て「久しぶりに買ってみるか」と言って、レジに持っていってくれたんです。
 当時クラスメイトに、戦闘機がどうのこうのとマニアックな話を語る人がいたんですが、彼が語る戦闘機のすべてが、「軍事用語」のページに簡潔ではあるがそこそこ詳しい説明で載っていた。これはすごく面白い! と思って学校に持っていったらみんな喜んで、クラスの男子の間でしばらく局地的なブームになりましたね。

――学校ではどんな子どもでしたか?

読書猿 学校の授業って、バラバラの教科を50分単位で時間割通りに進めていくじゃないですか。僕はあれが本当に苦痛で、全然集中できませんでした。

 英語なら英語、数学なら数学を、丸一日かけて学ぶほうが好きなんですね。自分で面白いと思ったことを徹底的にやり尽くす。そういうシステムだったら適応できたと思いますけど、日本の学校の仕組みは僕にはまったく合わなかったです。

 小学校高学年から中学1年くらいまでは、コンピューターにハマってプログラミングばかりやっていました。貯めていたお年玉でパソコンを買って、家では勉強もせずに黙々と作業。週末は自転車で1時間くらいかけて電気街まで行って、自分が作ったプログラミングを実際に動かしては、知らない子と競うんです。お互い名乗り合わないのが、「なんかかっこいい」と思っていました。
 でも中1のとき、1日9時間くらいプログラムしていたら視力が0.1まで悪くなって、ドクターストップがかかってしまった。コンピューターも取り上げられてしまったんです。

読書猿(どくしょざる)
ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。本書は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした主著。なお、「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。最新刊は『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』

「言葉の工作」のために辞書を読み始める

――学校に行きながら1日9時間はすごい(笑)。それが取り上げられてしまったのは辛かったですね……。

読書猿 当時の僕からしたら、生きがいを奪われた感じでした。

 コンピューターを取り上げられて学校に完全に退屈していた中学2年生のときに、隣の席に座っていた男の子が授業中に小説を書いていると知って、カルチャーショックを受けたんです。それまで文章を書くのは大嫌いで、文章は他人から「書け」と言われてイヤイヤながら書くものだと思い込んでいましたから。「自分が書きたいことを自由に書いてもいいんだ!」と、そのとき初めて知って、書くことに興味がわいたんですね。読むのは遅いし苦手だったけど、書いて表現するのは面白そうだなって。

――書くのは読むよりも一段と大変そうですが、どんな風に文章を書いていったんですか?

読書猿 自分でゼロから文を生み出すのではなくて、まさに夢中でやっていたプログラミングの延長で「言葉を工作する」という感覚でした。手先が不器用で、絵を描いたり物を作るのは苦手だったんですが、物事の概念と概念を「組み合わせる」ことなら自分にもできるんじゃないかと思って。

 そして、この「言葉の工作」の材料集めのために読み始めたのが「辞書・事典」です。

 最初は『現代用語の基礎知識』の中から好きな項目だけノートに書き写したり、内容をまとめたり組み合わせたりからスタートしました。そうしているうちに、自分の中に言葉がなければ書くことは大変なんだと気づきました。