『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

【独学者のための読書案内】シャーロック・ホームズを今より100倍楽しむための一冊Photo: Adobe Stock

[質問]
 観察力と推理力をトレーニングする方法や参考図書を教えてください

 子どもの頃から推理小説に出てくるような探偵みたく、観察(分析)や推理ができれば面白そうだし、実生活の役にも立つだろうと思っているのですが、どうも私は上の2つが苦手なようです。観察力と推理力をトレーニングする方法や参考図書がありましたら教えていただけないでしょうか?

推理小説の読み方が変わる一冊をご紹介します

[読書猿の回答]
 観察力を高めることについては、FBIやCIA、ニューヨーク市警、ロンドン警視庁でも採用されている(セミナーをやってる人が書いている)『観察力を磨く 名画読解』という本があります。

『独学大全』第二部の序文で、話の枕にも使いましたが、弁護士であり美術史家でもある著者は、美術品の収集と展示を行っているフリッツ・コレクションで、古今の名画を教材に長年あるレクチャーを行っている人です。このレクチャーの受講者は様々で、中には、医者を目指す医学生や数学で落第しそうなブロンクスの高校生、それにFBIやニューヨーク市警の捜査官などもいます。そして受講者が学ぶのが、まさに「観察力」です。

 名画を見て、分析し、それを歴代の美術史家たちが蓄積してきた知見と照らし合わせることで、我々が普段どれだけ多くのものを見落としているか、そして見落としていること自体にいかに無自覚であるかに、気付くことができる。この本はそんなレクチャーの書籍版で、豊富な名画の実例と分析を挙げながら、観察の力とそれを身につける方法を教えてくれてます。

 推理力については、知性の人=名探偵というイメージの確立に、最も貢献したのが、この史上最もキャラ立ちした名探偵シャーロック・ホームズについての名著、内井惣七『シャーロック・ホームズの推理学』講談社現代新書(あるいは、これを再録した内井惣七『推理と論理―シャーロック・ホームズとルイス・キャロル』ミネルヴァ書房)がよいと思います。

 この書は、自分の推理から漏れる数々の事実や可能性を見過ごした「まぐれ当たり」の感が強いと言われる(こともある)ホームズの推理を、19世紀後半の論理学や科学的方法論の蓄積の中に位置づけた、科学哲学者による著作です。ホームズの方法がほとんど常に不足している情報の下で、それぞれにはかなり危うい確率的推論同士を組み合わせ突き合わせることで、どのようにして事実と合致する「確率」を可能な限り高めることができるかに向かって組織されていることを、詳解しています。

 あまり類書のない19世紀の科学思想や科学方法論についての解説書であるだけでなく、すべてを知らなければ確実なことは言えないという実に古典的な学問知(実際にはすべてを知ることなど不可能だから、ほとんどいつも何も言わない)と異なる、実際的な知のあり方を提示した本とも言えるでしょう。

 ずっとくだけて言い直すなら、まったく論理的でないロジックツリーみたいなものと戯れるよりもはるかに、ホームズに学ぶことは役に立つことを示してくれます。