世界経済フォーラムは、地球の持続可能性、人類の平等性を取り戻すことを目的に、「グレート・リセット」というイニシアティブを立ち上げた。これに呼応するかのように、以前より環境問題に敏感なヨーロッパはもとより、アメリカ、日本、中国なども脱炭素に大きく舵を切り始めた。この新しい現実では、「サステナビリティ」の流れは不可逆であるばかりか、従来の企業経営の考え方、ビジネスのやり方、ゲームルールの変更を迫られる。サステナビリティ経営へと舵を切るうえでの実践知について、2人の専門家に聞く。
新SDGと
シナリオプランニングがカギ
編集部(以下青文字):東京大学の藤本隆宏氏や一橋大学の名和高司氏は、SDGs(持続可能な目標)を「サステナビリティ」「デジタル」「グローバル」と読み替えて、企業経営や事業運営を考える必要を述べています。
関口:そのご意見に同感です。つまり、今般の世の中の非連続性や高い不確実性の背景にはサステナビリティ、デジタル、そして「ジオポリティクス」(地政学)の3要素があり、これらが今後のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を大きく左右していくのではないかと考えています。
これら3要素は、リスクというより、従来の考え方ややり方を覆す破壊的変化の根源であると見るべきです。同時に、ダイバーシティやジェンダーレス、デジタルネイティブやSDGsネイティブといった新世代、超高齢社会やエイジングなどの変数について考え合わせていく。個々のステークホルダー、すなわち顧客、競合他社、取引先、株主や投資家、金融機関、従業員、政府や自治体についても同様です。それぞれについて、どのようなインパクトや影響が起こるのか、定性的のみならず定量的に把握していく。実は、そのためのツールはすでに存在します。
こうしたことを踏まえて具体的な対応を考えるには、これら3要素を自社のビジネスコンテキストに織り込み、自社事業やステークホルダーに重要な影響を及ぼす事象を洗い出し、どのような変化が起こりうるのか、付加価値の源泉はどこにシフトするのかなど、複数のシナリオを用意する、つまり、「シナリオプランニング」が重要になります。
斎藤:シナリオプランニングといえば、ロイヤル・ダッチ・シェルが1970年代に開発したツールであり、不確実性に対処する方法として活用されてきました。彼らは、多種多様なシナリオを用意し、たえずアセスメントしながら事業を運営しています。かつては、石油の枯渇が問題でしたが、掘削技術の進歩によって、いまやその懸念はなくなりました。
しかしその代わり、地球温暖化の問題が浮上し、これにコロナ禍が相まって、化石燃料由来エネルギーで動く飛行機や自動車を利用する人たちが今後減っていくというシナリオが現実味を帯びてきたことにより、石油メジャーが以前にも増してこの問題に積極的に取り組んでいます。
シナリオプランニングは、日本でもずいぶん前から紹介されていましたが、導入する企業は稀でした。しかし2017年、TCFD注)(気候関連財務情報開示タスクフォース)による提言が公表されて以降、関心が高まり、導入企業も増えています。
シンプルな例ですが、CO2の排出によって気温が4℃上昇した場合のシナリオと、効果的な対策によって2℃未満に収まった場合のシナリオをつくり、それぞれどのようなインパクトがあるのか、どのような打ち手が必要になるのか、その際どのようなコスト、あるいは収益が生じるのかといった仮説を構築し検討するのです。
注)TCFDとは“Task Force on Climate-related Financial Disclo-sures”の略で、G20からの要請で、各国の金融関連省庁と中央銀行から成るFSB(金融安定理事会)によって設置された、気候変動関連の情報開示や金融機関の対応について検討するタスクフォース。