価値観を揺さぶられる体験を
こうしたプログラムを志した理由を鈴木さんはこう話す。
「3年前、五島の友人を訪ねたのが初めての五島でした。10日ほど滞在したのですが、島の人たちがいろんなところに連れていってくれて。うちに食べにおいでって言ってくれたり、ほとんどお金を使わなかったんです。

その時、何でみんなこんなに良くしてくれるんだろう?って不思議で。何か理由があるのではとか、対価を払わないといけないんじゃないかと考えたりして。何でも経済合理性で考えるのが当たり前になっている自分に気付いたんですね。島の人たちにとっては遊びに来た人に親切にするというごく当たり前の話でしかなかったんですけど。今までの価値観を揺さぶられた経験になりました」
この島では自分が体験したことを他の人にも体験してもらえるのではないか…。そう感じて、五島をフィールドに研修やワーケーションなどのプログラムを進めるようになった。一度目の実証実験が終わった後、鈴木さん自身も有志とともに「一般社団法人みつめる旅」を創業。新しく企業のリーダー層・経営層に向けた「well-being研修プログラム」も販売・運営を始めた。ライフワークのつもりで始めた事業だったが、今では本業と同じくらい力を入れているという。
「いつも私たちがワーケーションなど企画する中で大事にしているのは“Enjoy Happenstance”といって、偶発性を楽しもうってことです。ルーティンワークって予定されていることをこなすだけでそこに偶然が生まれる余地はない。でも島では、まず出会ってみて、そこから何が起こるかを楽しもうよって。イカ釣ってみようって誘われたらイカ釣ってみるとか、飲みに誘われたら行ってみるとか。
ルーティンワークするだけなら、もっと東京に近いところでもいいし、五島ではまったく違った刺激を受けることをプラスに転換するようなワーケーションが合っている。それが移動する価値だと思っています」
都会の人向けに始めたプログラムだが、そうしていろんな人材が島を訪れることで、島の人の助けになることもあることがわかってきた。

「事業の助けになりそうな人を紹介してくれたり、ECサイトの立ち上げ方を教えてくれたり、PRの方法を手伝ってくれたり。地域の側にもプラスなことが起きる。その化学反応をもっと仕組みとして継続させていきたいんです」
こうした動きがすぐ移住に結びつくわけではないが、観光や商工の面での効果は大きいと、五島市役所の庄司さんは話す。
訪れる人をただ「お金を落とす人」として一過性の関係で終えるのではなく、「人対人」の繋がりを丁寧に紡いだ先に、続く絆ができる。五島市では、“人の顔の見えるワーケーション”が進んでいる。