親指シフト・キーボード
写真はイメージです Photo:Karen Kasmauski/gettyimages

1980年代から90年代末まで、ワープロの入力システムとして一定のシェアを獲得し、特に作家、ライター、速記者といったライティングのプロに愛用されていたのが「親指シフト」の入力システムとキーボードである。21世紀の現在も、おそらく親指シフトから離れられないプロが数百人くらいいるだろう。しかし、超少数派であることは事実で、いつか絶滅すると思われていたが、ついに発売元の富士通が昨年5月、「2021年5月までに順次販売を終える」と発表した。その5月まで目前に迫った。(ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一)

今年の5月までに順次販売を終える
「親指シフト・キーボード」

 目前に迫ったとはいうものの、実は最後の親指シフト付きのパソコンは売り切れてしまったようだ。すごい人気と言いたいが、実数はわからない。たぶん数百台だろう。

「親指シフト」という日本語入力システムの全盛期を覚えていて、90年代まで使用経験があるのは50代以上のシニア世代である。私もその一人。40代以下にとってはデジタル史の一コマかもしれない。

 親指シフトは日本語の「音」の頻度をよく研究したシステムで、非常に合理的なキーボードだった。現在はカナをキーボードの4段に配したJIS配列のキーボードが主流だが、入力はカナではなく、大半の人はローマ字で入力しているはずだ。JIS配列のカナ入力は4段のキーボードを指が行き来するので時間がかかり、キーを覚えにくいからである。

親指シフトのキー配列の例 
親指シフトのキー配列の例 提供:富士通
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提供:富士通

 主流のローマ字入力は非合理的で、しかもバチバチパチパチと打鍵がやかましい。「うっせぇ うっせぇ うっせぇわ」(YouTubeで人気の女子高生シンガーAdoの歌『うっせぇわ』の歌詞)という歌を聴くと、ローマ字入力のことだと思うのだ。なにしろキーをたたく回数がやたらと多い。

 うっせぇ うっせぇ うっせぇわ

 これを入力するには以下のようにキーボードをたたく。

 ussexe ussexe ussexewa

 日本語の音節に本来は無関係な「x」がジャマだ。どうして日本語のカナがこうなるんだ!理解の範囲を超えている。不合理だ。

 コンピュータの電源スイッチのボタンを押す

 上記の文のローマ字入力は次のようになる。

 konnpyu-ta no denngenn suxitti no botann wo osu

 カナの数は22だが、キーを40回たたかないと書けない。このローマ字だけを見ると、とうてい日本語には見えない!

 バチバチバチバチとこの原稿を自分で書きながら、「うっせぇ うっせぇ うっせぇわ」と叫んでいる。本当にうるさい。しかも指の関節が痛む。肩がこる。なにしろ子音と母音で2回たたくわけだから、カナ1個で2倍たたかなければならない。バカバカしいと思いつつ、仕方がないので使っている。

 民族学者の梅棹忠夫氏(1920~2010年)が『知的生産の技術』(岩波新書)で、「日本語の知的労働生産性を上げるには日本語タイプライターが必要だ」として、カナだけで文章を書くことすら提唱している。これは1969年のことである。

『知的生産の技術』から数年後、70年代後半から、日本の電機メーカー各社は日本語のデジタル入力システムの開発に乗り出した。アルファベットの欧文とは言語体系がまったく違うのだから、独自に開発する価値は大きい。