GDP0.1%以下の規模で世界を動かす「史上最高の娯楽ビジネス」とは?Photo: Adobe Stock

人々を熱狂させる未来を“先取り”し続けてきた「音楽」に目を向けることで、どんなヒントが得られるのだろうか? オバマ政権で経済ブレーンを務めた経済学者による『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』がついに刊行となった。自身も熱烈なロックファンだという経済学の重鎮アラン・B・クルーガーが、音楽やアーティストの分析を通じて、ビジネスや人生を切り開くための道を探った一冊だ。同書の一部を抜粋して紹介する。

音楽と資本主義は
分かち難く結びついている

「ほんとのこと言うと、ポップ・ミュージックは国の一大産業の1つなんだ。
全部、資本主義とがっちり結びついているんだよ。切り離そうなんてアホだな」──ポール・サイモン

 ポール・サイモンは音楽業界で育った。

 お父さんのルイスはプロのベース・プレイヤーにしてセッション・ミュージシャン、ダンス・バンドのリーダーで、リー・シムズと名乗っていた。

 ポールもお父さんも音楽稼業をわかっていた。

 バル・ミツワーや結婚式、社交界にデビューする人たちを集めた舞踏会での演奏から、セントラルパークに50万人のファンを集めてサイモン・アンド・ガーファンクルの金字塔になったコンサートまで、よくわかっていた。

 ポップ・ミュージックは「国の一大産業」の1つだと言ったとき、ポール・サイモンは間違いなく正しかった。

 でも、音楽産業はびっくりするぐらい小さい。

 他の面で特別なところがなければほとんど誰も気にしないぐらいの大きさだ。

 音楽に対する支出の総額──コンサートのチケット、ストリーミング・サービスの料金、レコードの売り上げ、印税など─は2017年のアメリカで183億ドルだ。

 大変な額みたいに思うかもしれないけれど、史上最高にしてもっとも洗練された娯楽の一部を支えるのにそれで十分なのであり、GDPの0.1%にもちょっと足りない

 GDPとはその年に国全体で生み出された製品やサービスの価値を全部合わせたものだ。

 言い換えると、アメリカ経済全体で見て、1000ドルあたり1ドル弱が音楽に遣われたってことである。

 音楽産業は全労働人口の0.2%弱を雇っている。

 そしてアメリカは音楽にとって世界最大の市場であり、世界全体が音楽に遣うお金全部の3分の1を占めている。

 ポール・サイモンが言う、音楽は資本主義とがっちり結びついている、音楽を資本主義体制を動かす経済的な力から切り離そうとするのは間違いだ、というのもやっぱり正しい

 産業には使い続けられるビジネスモデルが必要で、音楽が演奏され、新しいアーティストが業界に現れ、成功できないといけない。

 でも一番すばらしいところまでいけば、音楽は資本主義──だろうが社会主義だろうが共産主義だろうがなに主義だろうが──を超える力を持つ。

 ええ、音楽はマディソン街の広告業界が製品で人を食い物にするのにもよく使われますよ。

 でも同時に、社会活動や政治運動を突き動かすのにも使われる。

 甘ったれでなくても、音楽やミュージシャンは人の意識や精神を高め、ハートに火をつけてくれるものだと思っていい。

 フェミニスト革命(「あたしは女、あたしのたけびを聴け」)、アメリカの市民権運動(「勝利をわれらに」)、南アフリカのアパルトヘイトの崩壊(「ビコ」)、東ヨーロッパの共産主義の滅亡(ベルヴェット革命はプラスティック・ピープル・オブ・ザ・ユニヴァースとヴェルヴェット・アンダーグラウンドに触発されている)などがそうだ。

 他の産業以上に、音楽は人を元気づけ、街を活気づけ、人を隔てる壁を倒し、抵抗を呼び覚まし、革命まで起こす。

 ブルース・スプリングスティーンが前に言っていたとおりだ。

「なんらかの形で、オレは人が自分の人としてのあり方にこだわるのを後押しする。オレがちゃんとした仕事をしていればそういうことになる」

 経済学の符丁では、音楽には大きな正の外部性があると言える。音楽は、創るのにかかる費用を超えたいいことを社会にもたらすってことだ。

(本原稿は『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』(アラン・B・クルーガー著、望月衛訳)からの抜粋です)

[著者]アラン・B・クルーガー(Alan B. Krueger)
経済学者(労働経済学)
1960年、アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。1983年、コーネル大学卒業。1987年、ハーバード大学にて経済学の学位を取得(Ph.D.)。プリンストン大学助教授、米国労働省チーフエコノミスト、米国財務省次官補およびチーフエコノミストを経て、1992年、プリンストン大学教授に就任。2011~2013年には、大統領経済諮問委員会のトップとして、オバマ大統領の経済ブレーンを務めた。受賞歴、著書多数。邦訳された著書に『テロの経済学』(藪下史郎訳、東洋経済新報社)がある。2019年死去。

[訳者]望月 衛(もちづき・まもる)
運用会社勤務。京都大学経済学部卒業、コロンビア大学ビジネススクール修了。CFA、CIIA。訳書に『ブラック・スワン』『まぐれ』『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』『身銭を切れ』(以上、ダイヤモンド社)、『ヤバい経済学』『Adaptive Markets 適応的市場仮説』(以上、東洋経済新報社)、監訳書に『反脆弱性』(ダイヤモンド社)などがある。