全米第1位の最高峰ビジネススクール(U.S. News & World Report調べ)、スタンフォード大学経営大学院で何年にもわたって大きな人気を博している「権力のレッスン」がある。デボラ・グルーンフェルド教授がその内容を『スタンフォードの権力のレッスン』として刊行、ナイキ社長兼CEOジョン・ドナホーが「本音の言葉で権力のからくりを教えてくれる」、フェイスブックCOOシェリル・サンドバーグが「権力についての考え方、使い方を一変し、自分の中に眠っている大きな力に気づかせてくれる」と絶賛するなど、大きな話題となっている。「権力の心理学」を25年間研究してきた教授の集大成ともいうべきその内容とは? 世界のトップエリートがこぞって学んでいる教えを、本書から一部、特別公開する。

「あの人にはついていけない」嫌われる上司の最大理由Photo: Adobe Stock

現場から逃げる上司は信頼されない

 部下の信頼を獲得したいと思うとき、無能だと思われることへの恐れがあると、大事なことがおろそかになってしまう。上司として大事なこととは「どれほど部下の利益を重視しているか」を知ってもらうことだ。

 本当かと思うかもしれないが、人はヒエラルキーの上位にいる権力者には当然能力があると思っていることが、研究によって明らかになっている。したがって、能力があるところを見せようとして苦労する必要はなく、部下を重視していると知ってもらうことのほうが重要である。

 大きな昇進や役割の変更があった直後の人から、部下に自分をどう紹介すればよいだろうと相談されることがある。話を聞いてみると、自分を表現するのは部下や職場のことを知ってからにしたいと考えている人が多いことがわかる。職場の事情を知り、そこでの文化や政治を把握してから、どういうスタイルで臨むかを決めたいというわけだ。

 重要な課題に対処する方策がまとまらず、答えがないまま前に出ることを恐れている人もいる。しかし、登場するまでに時間をかけすぎたり、形式的に顔を出すだけという登場の仕方には問題がある。

 ブッシュ元大統領はハリケーン「カトリーナ」が去ったあと、大きな被害を受けたルイジアナ州を視察するのが遅すぎたために多くの支持者を失った。さらに、行ったはいいが、飛行機で上空を飛んだだけで被災者と会わずに帰ってしまい、さらに批判を浴びた。

 ニューヨークのルディ・ジュリアーニ元市長があの9月11日に、ヘルメットをかぶって世界貿易センターの瓦礫の中に立ち、全米から称賛されたのとは対照的だ。

 責任者なら、非難を浴びたり立場を悪くするリスクがあっても、現場に立たなければならない。ハリケーンが発生したのはブッシュのせいではないが、市民には大統領がカトリーナの悲劇から距離を置いているように見え、助けようとする気持ちが感じられず、責任逃れをしているように見えた。犠牲者に対して冷淡で、敵対的でさえあるように見えた。

 後日、視察した結果を大統領が深く憂慮していることが報じられ、現地を訪問しなかったのは救助活動の邪魔をしたくなかったからだという側近の釈明もあったが、彼の行動から人びとが受け取ったメッセージはそういうものではなかった。

 このことから学ぶべき教訓は、人びとは責任者の行動をすみずみまで見ているということだ。特に、自分たちがリーダーにとってどれほど重要な存在なのかを見ようとしている。

 上に立つ人は、人びとに自尊心を与える存在でもある。権力の大きな役割にはさまざまな特権がともなうのだから、人びとに対し、「あなたがたはリーダーである私の時間と注意を払う価値がある存在だ」と示すことを優先させなければならない。

 黙っていてもわかってもらえると期待してはいけない。ことリーダーの態度については、疑わしきは罰せずという理屈で大目に見てもらえることはないからだ。(中略)

 多くのエグゼクティブは、権力にともなう不安や責任を果たせないことへの恐れを、早々にその場から退散したり、おざなりな対処をすることでやりすごしている。真正面からぶつからなければ木っ端微塵になることもないというわけだ。

 そのくせ、なぜ部下が自分を信頼してくれないのかと不思議がっている。だが、その場にいたくないと思っている責任者を信頼する部下はいない。

(本原稿は『スタンフォードの権力のレッスン』からの抜粋です)