火の発見とエネルギー革命、歴史を変えたビール・ワイン・蒸留酒、金・銀への欲望が世界をグローバル化した、石油に浮かぶ文明、ドラッグの魔力、化学兵器と核兵器…。化学は人類を大きく動かしている――。白熱のサイエンスエンターテイメント『世界史は化学でできている』は、朝日新聞、毎日新聞、日本経済新聞夕刊、読売新聞夕刊と書評が相次ぎ、発売たちまち7万部を突破。『Newton9月号 特集 科学名著図鑑』において、「科学の名著100冊」にも選出された。
池谷裕二氏(脳研究者、東京大学教授)「こんなに楽しい化学の本は初めてだ。スケールが大きいのにとても身近。現実的だけど神秘的。文理が融合された多面的な“化学”に魅了されっぱなしだ」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【食べ物の世界史】意外に知らない…人類はイノシシをどうやってブタに変えたのか?Photo: Adobe Stock

家畜化で定住化が促進

 人類が野生哺乳類の家畜化に着手した動機は、まず食料の安定供給という経済的な目的だろう。そのほかに、神への「いけにえ」にするという宗教的な目的や、ペットとしての存在意義などもあったと考えられる。

 現在、家畜化されている動物には家畜化しやすい要因があった。イヌやブタは野生のときに人間の食べ残しの掃除屋的な存在として生活圏のまわりにいた。ウシやヒツジは群れで生活をし、集団のなかではボスに従う性質が強いので、人間が管理しやすかったのだ。

 家畜化は、イヌで一万四千年前、メンヨウ(ヒツジ)、ヤギ、ウシ、ブタで約一万年前、ウマで五千年前、ニワトリで四千年前に行われたとされている。

イノシシからブタへ

 イノシシは何でも食べて多産である。人間がイノシシを家畜として長い年月をかけて改良して、ブタにした。では、どう変えたのだろうか。

 まず、体つき。野山を駆け回るイノシシは、ブタに比べてずっとスマートだし、鼻ずらが長く、雄の下あごの犬歯はキバとなって外に突き出している。性質も荒々しく、動作も機敏で、走るのも速ければ泳ぎも達者だ。これに比べると肉をとるために家畜化されたブタは、性質もおとなしく、改良されたものほど肉が多くとれるように下半身が太り、鼻の骨が短く、しゃくれ顔になっている。

 さらにブタは、イノシシより発育が早い。体重が九〇キログラムになるのに一年以上かかるイノシシに対し、ブタでは六ヵ月ほどで済む。

 また、ブタはイノシシに比べてきわめて繁殖力が旺盛だ。イノシシはふつう年一回、平均五頭(三~八頭)の子を産むが、ブタは年に二・五回も産ませることが可能だ。子の数も平均一〇頭以上、種類によっては三〇頭近く産むものもある。子の数に応じて、お乳(乳頭)の数はイノシシでは五対であるのに対し、ブタでは七~八対もある。

 成長して子どもを産めるようになるのに、イノシシでは二年以上かかるのに対して、ブタは、わずか四ヵ月から五ヵ月で子どもが産めるまでに成熟する。

 なお、イノシシにあるキバ(犬歯)がブタにはないが、これはキバになる歯を乳歯のときに折り取ってしまっているからだ。イノシシにある尾も、ブタではお互いに尾をかみ合ったりするので切られてしまっている。

狩猟採集時代の人類と動物

 フランス南西部の渓谷で発見されたラスコー洞窟の壁画は二万年前の旧石器時代のクロマニョン人によって描かれたものだ。

 一九四〇年に少年四人によって発見。一九六三年以降は壁画保全のために閉鎖されて、許可を得た研究者だけに公開している。ラスコー洞窟をふくむ装飾洞窟群は一九七九年に世界遺産に登録された。一般向けには精巧に再現されたレプリカが公開されている。

 ラスコー洞窟は全長約二〇〇メートルもあり、もっとも深いところにある「井戸状の空間」は、縄ばしごなどを使って垂直に五メートルも下らないと行けない場所にある。クロマニョン人は、漆黒の暗闇のなかを、石でできた皿状のくぼんだ面に動物の脂をおいて火をつけた小さなランプの灯りだけを頼りに進み、洞窟の奥まで辿りつき絵を描いたのだろう。

 二〇〇〇点弱ある壁画に描かれている躍動感あふれる色彩豊かな絵の半分近くは動物たち─ウマ、雄ジカ、バイソン(野牛)、ネコ、クマ、鳥、サイなど─だ。クロマニョン人は動物を飼い慣らして家畜にしていないので、これらは全て野生動物だ。洞窟で発見された動物骨の九〇パーセントはトナカイだが、そのトナカイは一頭しか描かれていない。

 これらは、当時の人々の動物への関心の深さを如実に物語っている。

(※本原稿は『世界史は化学でできている』からの抜粋です)

左巻健男(さまき・たけお)

東京大学非常勤講師
元法政大学生命科学部環境応用化学科教授
『理科の探検(RikaTan)』編集長。専門は理科教育、科学コミュニケーション。一九四九年生まれ。千葉大学教育学部理科専攻(物理化学研究室)を卒業後、東京学芸大学大学院教育学研究科理科教育専攻(物理化学講座)を修了。中学校理科教科書(新しい科学)編集委員・執筆者。大学で教鞭を執りつつ、精力的に理科教室や講演会の講師を務める。おもな著書に、『面白くて眠れなくなる化学』(PHP)、『よくわかる元素図鑑』(田中陵二氏との共著、PHP)、『新しい高校化学の教科書』(講談社ブルーバックス)などがある。