鶴見川下流における最大の河川整備は、新横浜地区の多目的遊水地である。川の大蛇行地点の上流右岸に広がる水田地帯84ヘクタールを買収し、大規模都市遊水地の建設をした。同地の大半は横浜市の公園やスポーツ施設として利用できる「多目的遊水地」である。

 下水道の整備も進んでおり、現在、鶴見川水系には21か所のポンプ場が配置されている。また、流域指標にある項目「グリーンインフラ」は、緑の領域を保守創出して保水力を高め、下流低地帯の水害を緩和することを目的としている。現在、流域の10%強を占める樹林のほとんどが、秩序ある開発のために市街化を抑制する「市街化調整区域」に属している。

 雨水が河川に流入する前に、一時貯留するための雨水調整池の設置も進んでいる。2021年現在、鶴見川流域には大小5000の雨水調整池があり、計311万立方mの雨水を貯留することができる。

◇流域治水の成果が出た

 鶴見川流域の総合治水対策が始まって41年、明快な成果を上げて今日に至っている。例えば、先に述べた1958年の大水害では、平均2日間雨量(大雨の規模を示す指標)343mmで2万件近い家屋が浸水した。一方、2014年には322mmの豪雨が降ったにもかかわらず、外水氾濫は起きなかった。多目的遊水地が154万立方mもの洪水を湛水した、つまり溜めたおかげである。

 2019年10月12日の台風19号襲来時にも、多目的遊水地が活躍した。台風襲来の夜、増水した鶴見川の洪水は横浜国際総合競技場のある多目的遊水地に流入した。競技場では翌日ラグビーの日本・スコットランド戦が予定されていた。試合の開催を危ぶむ声も上がったが、洪水の湛水は94万立方mにとどまり、ラグビー戦は無事実施された。

 このとき、多目的遊水地の働きもさることながら、遊水地に到達する洪水量そのものが削減されていたことも大きい。中上流で保全されている広大な森や、数千か所を超える雨水調整池の大きな保水力が功を奏したのだ。言い換えると、丘陵地帯にある町田市・川崎市・横浜市西部の治水努力が、鶴見川下流の低地帯を守ったといえる。流域連携のチームプレー、これこそが流域治水の真髄である。

◆豪雨の時代を生き抜くために
◇「流域地図」を共有しよう

 私たちが日常的に使っている地図は、国や県など行政的な単位で区切られたものである。しかしその地図に依存することで、水土砂災害をはじめとする様々な不適応を起こしている。「豪雨の時代」に適応していくためには、暮らしの地図に「流域」という地形・生態系を取り入れた「流域地図」を導入すべきである。

 豪雨で発生する氾濫は行政区分で起こるのではなく、豪雨を洪水に変換する流域という構造が引き起こすのである。行政地図をどんなに見つめても、豪雨氾濫のメカニズムはわからない。しかし、もし流域地図が行政区分をまたいで流域内で共有されれば、市民の意識も変わるだろう。町田市に降った豪雨が横浜市青葉区・緑区を流下し、港北区綱島、川崎市幸区、鶴見区潮田町で氾濫するかもしれないということも、必然と理解されていくだろう。