経営における人間洞察が
ますます問われる
楠木 : 人間社会で起きていることの8割方は、「気分」「思い込み」に起因すると今回のコロナ騒動であらためて思いました。一番わかりやすい例はリモートワークです。
私はコロナ以前、毎日大学の仕事場に行って仕事をしていました。毎朝、地下鉄に乗って出勤し、自分の研究室で仕事をしていたのです。緊急事態宣言で大学は完全にシャットアウトされたので、家で仕事をするようになったのですが、何の問題もない。やっていることは同じ。通勤は何だったのかと思ったものです。
本来できるはずだったことが、思い込みが制約になってできなかった。企業の変革もそうしたことが多いと思います。
鴨居 : 我々のプロジェクトはお客様と一緒に進めますので、コロナ前はプロジェクトルームに集まって、同じ場の空気を吸って、同じ温度感を持ってやっていくことが、当たり前だと思っていました。しかし、一気にリモートでせざるをえなくなりました。
いざやってみるとプロジェクトには、ほとんど支障がない。そこでわかったことは、我々もお客様も、「プロジェクトはこうあるべし」と過去の経験知から考えていただけで、必ずしも合理性を追求した結果ではなかったということです。
大きなシステムをサービスインさせる時は、さすがに「リモートで大丈夫か」と心配したのですが、結局、遅延なく稼働させることができました。
これは、変えざるをえなくなったら、変えられるという一つの具体例だと思います。経験知の枠組みを超えて、変えられるものは変えればいい。そこで、何らかの不整合が生じたら、状況に応じてまた変えればいい。そのことをあらためて認識させられました。
楠木 : いま必要になってきているのは、何をリモートでやり、何をオフラインでやるかという見極めだと思います。たとえば、プロジェクトのキックオフの時はオフラインでみんなが集まって、ある程度時間をかけて話し合ったり、懇談したりして、その後はすべてリモートで進めるといった使い分けです。
その見極めのポイントになるのが、人間の本性かどうかだと私は考えています。因習と本性は似て非なるものです。思い込みは単に人間社会の因習であることが多い。電車通勤がまさにそれで、因習として続けてきたけれど、本当は面倒くさいという人間の本性に気づいた人は多いはずです。リモートワークは、人間の本性が因習を突き破った結果です。本性に即しているので、今後も定着すると思います。
一方で、一時流行ったリモート飲み会は、すっかり下火になりましたよね。人間の本性に反している。やっぱり飲み会をするなら顔を突き合わせてやりたいと思うのが本性です。
鴨居 : 今後はオンラインとオフラインのハイブリッド型のワークスタイルが進むといわれますが、オンかオフかは本性にかなっているかどうかで見極めろ、と。
楠木 : そうです。私は、仮に「経営にとって一番大切なものを一つだけ挙げろ」という無茶な質問をされたら、「人間洞察だ」と答えます。オンラインかオフラインかという問題も含めて、これから経営における人間洞察がますます問われると思います。