不確実性の中でリスクを伴う意思決定を下し、組織との共感による新たな信頼関係を構築する その覚悟が経営者に問われている

経営とリーダーシップの本質

経営トップはより責任ある
意思決定とエンパワーメントを

鴨居 : いつの時代も、経営者の仕事の本質とは、みずから意思決定し、その結果に責任を持つことだと思います。先ほど言ったように、これからはトップとして何を決めるかを見極めて、それ以外はエンパワーメントしていくことが大事だと思います。そして、意思決定する際に気をつけるべきは、従来の枠組みや経験知に囚われないこと。不確実性が高い状況では、特にそれが重要だと思います。

楠木 : 不確実性が高い状況では、一流経営者とそうでない人の違いが鮮明に表れますね。

 たとえば、コロナ禍でジタバタしている経営者は、すぐに「戦後最大の危機」とか、「100年に一度の危機」と口にしがちです。そういう人を私は、「激動期おじさん」と呼んでいるのですが、3年に一回ぐらいは「未曾有の危機」だと言っている。揚げ句の果てに、激動期おじさんは「判断が難しい」などと言う。その判断をするのが、経営者の仕事だと思うのですが(笑)。

 おそらく根本的な誤解は、意思決定は、良いことと悪いことの間で、良いことを選択すること、正しい判断をすることだと考えていることです。だから、何が正しくて、何が正しくないかがわからない不確実性が高い状況になると、身動きが取れなくなって、判断ができなくなってしまう。

 本当の意思決定というのは、それぞれに良いこと、正しいと思えることのどちらかを選ぶことです。当然、いずれかを選択した瞬間に失うものがあります。それをわかったうえで決断をするのが、トップの意思決定なのではないでしょうか。

不確実性の中でリスクを伴う意思決定を下し、組織との共感による新たな信頼関係を構築する その覚悟が経営者に問われている

鴨居 : ファイザーのアルバート・ブーラCEOが、新型コロナの感染拡大が始まってからわずか8カ月という驚異的なスピードで、しかも前例のないmRNAワクチンの開発に成功した理由を語っているのですが、その中で私が特に興味深いと思ったことが2点あります。

 一つは、最初に研究開発現場から上がってきた3つの案はいずれも実証された経験知に基づくものだったので、実証されていないけれども優れていると思うアイデアをあと3つ提案させたことです。過去にうまくいったやり方では、新しい現実に対処できないと考えたからです。

 もう一つは、このやり方でいくと決めた後は、十分な予算を配分したうえで、現場の裁量に任せたことです。現場を事務作業などから解放するために、ワクチン開発では政府の補助も断っています。

 前例や既成概念に囚われないリスクのある意思決定をトップダウンで行い、現場をエンパワーする。これを同時に行ったわけです。

楠木 : トップダウンとボトムアップをゼロサムの関係ととらえている人がいますが、まったく違います。トップが大きな方針を示して、リスクの伴う意思決定をしている組織は、ボトムアップも強くなる。トップダウンが効いているほど、現場に任せることができるのです。

鴨居 : ESG(環境、社会、ガバナンス)やSDGs(持続可能な開発目標)について、新聞やテレビで目にしない日はありませんが、企業は自社の利益と成長だけを追い求めても結果的に利益を上げられず、持続的な成長も達成できない時代になってきた。そういうコンセンサスができつつあると思います。

 一方で最近、象徴的な出来事だったのが、ESG経営を進め、市場での評価も大変に高かったフランスの食品大手ダノンのCEOが、財務パフォーマンスが競合他社に劣っているという理由で解任されたことです。

 短期的なリターンを求めるアクティビスト(物言う投資家)などと向き合いつつ、それでも経営者は長期的な視点を持って大きな課題の解決に取り組まなければなりません。

 そのためには、さまざまなステークホルダーとのエンゲージメント(建設的な対話)や、外部のパートナーとの連携、あるいはエコシステムの形成によって一社単独では成しえない課題解決に挑んでいく。そういう従来にはない能力が経営者には求められています。

楠木 : ダノンのCEO解任は本当に象徴的な出来事でしたが、あの解任劇の背景には事業活動とサステナビリティはトレードオフ(二律背反)であるという考え方があります。

 わかりやすく言うと、渋沢栄一の『論語と算盤』の関係をどう考えるかです。

 論語と算盤について、「人間の欲望が駆動する資本主義は暴走してしまう。そこで、論語という倫理・規律でもって、それをうまく制御する必要がある」と理解している人が多いのではないでしょうか。それは誤解です。論語と算盤をよく読むと、「道徳を持って商売をやったほうが、ずっと儲かる」と渋沢は言っている。つまり、論語と算盤は本当はトレードオンなのです。

 ESGやSDGsに取り組むことが、企業価値向上にもつながるとの認識を持つ企業も増えています。ただし、そのためには時間軸をある程度、長く取らないと財務的リターンや企業価値は上がりません。短期的なトレードオフを、長期でトレードオンに持っていくことが、経営やリーダーシップの神髄です。

鴨居 : 時間軸をどう見ていくかということは、すごく重要な視点だと思います。
 ダノンの場合は、長期的にトレードオンになることをアクティビストに納得させることができなかったということでしょうね。

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