「好き嫌い」のマネジメントが
組織の能力を高める
鴨居 : リモートワークの浸透によって働き方の柔軟性が高まったのは歓迎すべきことですが、私が懸念しているのはリモートワークが進むと、人と人の関係が疎結合になってしまうことです。対面を前提に築き上げてきた組織と個人の信頼関係やリーダーシップのあり方を再構築する必要が出てくるのではないかと考えています。
同じ空間にいることで構築した信頼関係を前提に、自分が計画をつくって「一緒にやろう」と引っ張っていくマネジャー型のリーダーシップや、「何か困っていることはないか」「自分ではどうしたいの」と傾聴するコーチング型のリーダーシップが成立していたと思うのですが、リモート環境ではそれが成り立たなくなるかもしれない。
もっと卑近な例で言えば、「リモートでもきちんと仕事をしているのか」「パフォーマンスは本当に出ているのか」と疑心暗鬼になってしまう。
あらためて組織と個人の信頼関係を醸成して、最終的には組織能力や組織のパフォーマンスを最大化していくことが、重要なテーマになると思います。
信頼関係を再構築するうえでカギとなるのが、トップダウンとエンパワーメントを同時に行うことではないかと私は考えています。トップが本当にしなくてはならない意思決定、たとえば組織としての大きな方向性を示す、リスクの伴う判断をする、そこはトップダウンで行う。そのほかの意思決定は権限委譲して現場に任せる。
そうすることによって、トップマネジメントや組織のリーダーたちが想像もしていなかったアウトプットが現場から出てくる可能性が高まるのではないでしょうか。その時に大事なのは、建設的な発言なら何を言っても否定しないという心理的安全性を担保すること、そして、前向きな失敗は責めないという環境をつくることだと思います。
楠木 : 信頼関係の再構築という点で私が付け加えたいのは、「好き」を基軸にしたマネジメントです。会社が好き、仕事が好き、一緒に働いている人が好きといったように、好きをベースにマネジメントできると、組織の能力が高まると私は考えています。
これはある意味で当たり前の理屈で、「好きこそ物の上手なれ」と言うくらいですから、好きなことをやっている人はどんどんうまくなる。そういう得意技を持った人が集まれば、組織全体としてのパフォーマンスが上がる。
組織のもともとの成り立ちが、得意技を持った人が集まって分業することで、一人では成しえない大きなパフォーマンスを生むことですから、組織の原点に立ち返ることだと言ってもいい。
鴨居 : 一人ひとりがやりたいことにチャレンジできる環境をどうやってつくっていくかが、経営者には問われますね。自分で手を挙げてやりたいことをやっている人は、困難にぶつかっても、立ち向かっていきますし、それによって、リーダーが思いもつかなかった成果が出てくることにもつながります。
楠木 : 普遍的なコンセンサスが取れている価値基準が「良し悪し」だとすれば、「好き嫌い」は個人的な価値基準です。そういう個人の価値基準をうまく扱える組織が、結果的に組織能力を高めることができると思います。
同じ空間で働くことが前提だと、違う部署、離れた場所で働いている人との関係はどうしても疎になりますが、リモートワークによって物理的な壁がなくなると、かえって機能単位でチームを組むとか、異なる得意技を持つ人を集めるといったことがやりやすくなる。ですから、職場や組織の設計も大きく変化する可能性があります。
鴨居 : 我々の仕事はもともとプロジェクト型なので、組織の枠を超えて専門性の高い人材が集まり、目的を共有して、期間や予算を決めて仕事を進めています。目的を達成するために必要なら、社外の人にも参加してもらいます。
楠木 : そういう意味では、コンサルティングファームの仕事の進め方が、他の業界においても今後のモデルの一つになるかもしれません。