そして、韓国のベテラン俳優ユン・ヨジョンが、今年のアカデミー助演女優賞に輝いた映画「ミナリ」は、1980年代の米国南部アーカンソー州を舞台に苦闘する韓国人移民のファミリーを描いた。

 米国に住むコリアンアメリカンは2019年時点で、約191万人にのぼる。15年の国勢調査で約141万人だった日系米国人を上回る。戦前から移民が盛んだった日系に比べ、韓国系の人々が自由に移民できるようになったのは1960年代から70年代にかけての頃からだった。生活難に加え、朴正熙政権の軍事独裁による政情不安もあった。多くの韓国人が「自分が苦労してでも、子どもに良い教育と仕事を与えたい」と考え、米国への移民を希望したという。映画の背景になった80年代は移民が盛んな時期で、劇中でも「1年間に3万人がやってくる」という説明がある。

「海外で働く」が常に選択肢にある

 上述した30代のコリアンアメリカンは「周囲の韓国系女性には熱狂的なARMYが何人もいる。BTSの公演やニュースがあれば、インスタグラムやツイッターを使い、英語で拡散している」と語る。

 韓国で英語教育熱が高いのも、「海外で働く」ことが選択肢になっているからだ。韓国企業が入社希望者に求めるTOEICの最低スコアが700点。韓国の大学生から「良い会社に入りたかったら900点は必要だ」と聞かされたこともある。「海外で働く」選択肢を常に頭に入れている韓国の風土が、韓流文化の海外進出を下支えしている。

 もちろん、だからといって世界的なスターになることは簡単ではない。上述した韓国芸能担当記者は「BTSは、世界の時代の流れにうまく乗った」と語る。この記者によれば、米ビルボードで2017年ごろ、ラテンポップが大きく躍進した。BTSの曲もラテンポップの要素が取り入れられているという。記者は「BTSの曲は良く言えば洗練されているが、やや難しいとも言える。でも、世界で好まれる音楽の流れをうまく取り入れたことが、世界的なスターになる契機になった」と語る。BTSはソーシャルメディアもうまく使いこなした。メンバーが撮影した写真を投稿することで、ファンとの距離を縮めた。

 では、日本からBTSのようなスターは誕生するだろうか。

 上述の記者は「日本は内需市場が強い。韓国の芸能関係者は皆、日本をうらやましがっている」と語る。

 ただ、OECDによれば、2020年の日本人の実質平均年収は3万8515ドル(約450万円)。米国の6万9392ドル(約780万円)はもちろん、韓国の4万1960ドル(約470万円)にも及ばない。最近では、国際機関に出向すると給与が上がるとして喜ぶ日本政府関係者も少なくない。

 岸田文雄首相は10月8日の所信表明演説で「新しい資本主義の実現」を目指すとし、「大切なのは、成長と分配の好循環です」と語った。だが、政府関係者の間からは「世界のどの国も実現できていない。単なる理念だけで終わりはしないか」と危ぶむ声が起きている。日本が経済的に行き詰まれば、米国への移民がブームだった1980年代の韓国と同じような状況が生まれるかもしれない。(朝日新聞記者・牧野愛博)

AERA 2021年10月25日号より抜粋

AERA dot.より転載