唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊。たちまち10万部突破のベストセラーとなり、「日本経済新聞 2021/11/6」『ベストセラーの裏側』、「読売新聞 2021/11/14」(評者:南沢奈央氏)、「朝日新聞 2021/10/4」『折々のことば』欄(鷲田清一氏)、NHK「ひるまえほっと」『中江有里のブックレビュー』(2021/10/11放送)、TBS「THE TIME,」『BOOKランキングコーナー』(第1位)(2021/10/12放送)でも紹介されるなど、話題を呼び、坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は「医療ドラマ」をテーマに著者が書き下ろした原稿をお届けする。好評連載のバックナンバーはこちらから。

「医療ドラマあるある」を徹底検証!「手術室を上から見下ろす小部屋」は実在するのか?…驚きの結論Photo: Adobe Stock

「ドクターX」で必須のシーン

 医療ドラマでよく描かれるのが、「手術室を上から見下ろす小部屋」である。吹き抜け構造になった手術室の2階部分の窓から、手術の様子を観察できる仕組みだ。

 現在放送中の人気シリーズ「ドクターX~外科医・大門未知子~」(テレビ朝日系)では、特にあの小部屋が重要な存在となっている。腕の劣る凡庸な敵役たちはしばしば、主役、大門未知子の手術を窓から見下ろし、感嘆したり野次を飛ばしたりする。本シリーズにおいて必須のシーンである。

 大門が手術中に彼らを見上げ、

「私、失敗しないので」

 と言い放つシーンは、まさに視聴者が溜飲を下げる気持ちの良いシーンだ。

 また、視聴者に伝わりにくい複雑な手術が行われるときは、この小部屋のメンバーたちが解説役に回る。

「大門め、まさか〇〇で□□が必要だと見抜いていたというのか」

 といった具合だ。同時に、この解説に合わせてテロップやイラストが表示されることも多い。

 手術のスピード感、緊迫感と、視聴者を置き去りにしない親切な解説が、本作の人気の秘訣と言えよう。

「小部屋」についての聞き取り調査

 さて、ではそもそも、あのような小部屋は実在するのだろうか。

 私は以前、この構造について、各地の医療者に聞き取り調査を行ってみたことがある。私を含め、ほとんどの医療者は「見たことがない」という答えなのだが、全国の大規模病院のうち、少なくとも2ヵ所にはまだ実在することが分かった。

 いずれも古い施設で、現在は使用されていないという。

 なぜだろうか?

 身も蓋もないが、「遠くて見えにくい」というのが理由の一つだ。

 手術中の細かな操作は、近くからでないとほとんど見えない。ドラマでよく見るように、技術を評価したり、学んだりするには、2階からではいささか遠すぎるのだ。

 そこで手術見学を行う際は、実際に手術室に入り、台に乗って術者の後ろから覗き込む方法をとるのが一般的だ。この目的のため、手術室には踏み台が複数用意されている。身長に応じて適切なサイズを選べるよう、異なる高さの台が用意されていることも多い。

 2017年に放送されたTBS系ドラマ「A LIFE」では、主人公の天才外科医、沖田一光が、手術室に置かれた踏み台を持ってきて手術の様子を観察するシーンがある。

 視聴者の記憶にはほとんど残らない、「細かすぎて伝わらないモノマネ」のような場面だが、手術のリアリティに対する製作者のこだわりを垣間見たシーンだ。

 また、手術の様子を見下ろすカメラが設置され、術者と同じくらい、近接した映像を映し出せるシステムもある。このシステムがあれば、遠隔でも見学は可能だ。「ドクターX」では、蛭間院長(今作ではコロナ禍の煽りを受けて「分院長」に格下げ)が広々とした自室で遠隔映像を見ているが、実は蛭間の方が「よく見えている」のだ。

 加えて、近年は腹腔鏡や胸腔鏡といった内視鏡手術が行われることも多い。この場合は、手術を行うスタッフたちもモニターに映った映像を見ながら手術をしている。

 したがって、配信の設備さえあれば、離れていても術者と全く同じ映像を見ることは可能だ。

 一方、おおまかな手術の進捗は、遠くからでも分かる。

「もう患者さんが手術室に入ったか」
「手術全体の流れの中で、どのくらいの工程に及んでいるか」
「手術はもうすぐ終わりそうか」

 といった様子は、手術室を管理するスタッフにとって重要な情報となる。

 これらは、2階からでも容易に分かるだろう。ただ、実際には手術室の天井にモニターが設置され、こちらも遠隔で観察できることが多い。

 いずれにしても、映像技術が進歩した現代において、「手術室を見下ろす部屋」は、やや不便な代物と言える。

 ドラマのストーリーにおいては必須の存在でも、現実にはもはや必要とは言い難い仕組みなのだ。

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)