唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊。たちまち8万部突破のベストセラーとなり、「朝日新聞 2021/10/4」『折々のことば』欄(鷲田清一氏)、NHK「ひるまえほっと」『中江有里のブックレビュー』(2021/10/11放送)、TBS「THE TIME,」『BOOKランキングコーナー』(第1位)(2021/10/12放送)、「日本経済新聞 2021/11/6」『ベストセラーの裏側』でも紹介されるなど、話題を呼んでいる。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
誰も想像できなかった
和歌山県紀の川市には、「青洲の里」という道の駅がある。江戸時代、紀州藩の医師であった華岡青洲にちなんだものだ。そこには、診療所兼住居であった春林軒や華岡青洲顕彰記念公園があり、さまざまなモニュメントがつくられている。
青洲は、世界で初めて全身麻酔を行った医師である。十九世紀になるまで全身麻酔の技術はなく、手術は痛みに耐えながら受けるのが常識だった。
激痛にうめき、絶叫する患者を相手に、外科医には手早い手術が求められた。
また、麻酔なしでは、できる手術も限られた。「眠っている間に痛みを感じさせることなく体を切り開き、再び縫い閉じて目を覚ます」などという芸当ができるとは、当時は誰も想像できなかったに違いない。
医師である父を幼い頃から見ていた青洲は、自分も将来は医師になり、困っている人を助けたいと考えていた。青洲が取り組んだのは、数々の薬草を用いた麻酔薬の開発だった。痛みのない手術を実現するためである。
一八〇四年、青洲は苦心の末、ついに麻酔薬の通仙散を発明し、全身麻酔によって乳がんの摘出に成功する。
青洲の人体実験は、自身の妻と母にも行われたといわれている。二人は、自らの体で全身麻酔を試してほしいと青洲に申し出たからだ。
青洲はその後、一〇〇人以上の乳がん患者に全身麻酔手術をして実績を上げた。多くの弟子が全国から集まり、青洲のもとで学んだ。だが、青洲の開発した全身麻酔薬は用量の調節が難しく、世界に広まることはなかった。