「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の”根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも”民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。
日本人が踏みがちな地雷を知っておく
民族というのは非常にデリケートなテーマです。血統、人種、出身地、宗教による差別や偏見はいつの時代にも存在し、侵略や虐殺、戦争と紛争、植民地支配や奴隷化という負の歴史もあります。全般的に配慮が必要です。ここでは、「これだけはNG!」という地雷を紹介したいと思います。
1.部族(tribe)という言葉は使わないほうが無難
英語で部族を意味するtribeは、NGワードだという見解があります。tribeはアフリカや中東の経済的に恵まれない部族を指して使われることがしばしばありますが、日本でも「部族」という言葉を避ける専門家がいます。
一方で、国際機関に勤務することを目指しているウガンダ人の友人は、「ウガンダには47の部族(tribe)がある」と屈託なく口にします。
「tribeじゃなくてethnic groupといったほうがいいのでは?」という私の問いには、「あまりにも小さいから部族としか表現できない」という答えでした。また、英語メディアでtribeが使われることもあります。
アラビア半島に住む人たちは「部族(カビーラ)」という言葉をよく使います。今でも部族社会であり、彼らにとって部族とは、遠くてもどこかで血がつながっている拡大版家族のようなものです。
ビジネスでも「同じ部族だからちょっと融通しよう」という場面があります。ディスカッションの場ではNGワードとして用いないルールを持つとともに、実は「部族という概念」は存在していることも知っておきましょう。
2.「インディアン」という言葉はボーダー
2021年、メジャーリーグのインディアンスが、「インディアン」が差別的だという理由で名称を変更するというニュースがありました。ところが、現地の人からすると感覚はまちまちで、「インディアンスの何が問題なの?」という先住民もいたようです。
ご存じの通り、インディアンとは、大航海時代にアメリカをインドと間違えたことで生まれた呼称にもかかわらず長く使われてきました。アメリカの先住民を指す言葉としては、ネイティブ・アメリカンのほうが適切です。たとえば、ハリス副大統領のスピーチでは、Native Americanが使われています。
ただし、自称の場合には許される差別的な言葉も、他人が言ってはならないことは世界の常識です。黒人がなんらかのレトリックで「ニガー」と自称することはあるかもしれませんが、黒人以外の人が黒人に向かって「ニガー」と口にすることは絶対に許されません。
なお、中南米では先住民に対し「インディオ」が使われてきましたが、現在では差別的と見られるため「インディヘナ」が使われるようになっています。
3.安易に民族を聞かない
民族の誇りを持つ人が多いのは事実ですが、安易に民族・ルーツを聞くのは危険です。取引先の黒人に「あなたのルーツは? ご先祖は何をしていましたか?」と聞くのはやめておきましょう。
「奴隷船で連れてこられて酷い目にあった」といわせようとしている、嫌がらせのようにも響きかねません。
名前などからフランス系とわかって「じゃあ、カトリックですね。まさにフランス貴族みたいで素敵ですね」と話をつないだつもりが、フランスのなかでもフランス領とスペイン領とあって複雑なバスク地方の出身で、相手が答えに困ることもあります。
同一性の高い日本人にとっては相手の出身地を聞くのは世間話であり、ポジティブな会話に流れることがほとんどですが、世界ではデリケートな問題です。
また、ドイツ系のアメリカ人が、「ご先祖はドイツのどこのご出身ですか?」と聞かれて困惑をしたという話も聞きました。
そのドイツ系アメリカ人にとって、先祖がドイツから渡ってきたのは100年以上前のことで、「自分自身は完全にアメリカ人であると思っているので、ドイツのことをことさら聞かれるのは不愉快だ」という話でした。
アイルランド人は民族の誇りを持っていますが、差別された経験から「アイルランド出身だからってバカにしている」ととることもありますし、ユダヤ人のなかには改名し、ビジネスの場では居住国に馴染もうとしている人もいます。