アメリカ・ヨーロッパ・中東・インドなど世界で活躍するビジネスパーソンには、現地の人々と正しくコミュニケーションするための「宗教の知識」が必要だ。しかし、日本人ビジネスパーソンが十分な宗教の知識を持っているとは言えず、自分では知らないうちに失敗を重ねていることも多いという。本連載では、世界94カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養 世界5大宗教入門』(ダイヤモンド社)の内容から、ビジネスパーソンが世界で戦うために欠かせない宗教の知識をお伝えしていく。
ルターの登場と「個人主義」の始まり
ローマ・カトリックと東方正教会に分かれて世界に広がっていったキリスト教は、一六世紀に大転換期を迎えます。これがよく知られた宗教改革です。先駆者であるウィクリフや処刑されたフスの後を継いだのが、マルティン・ルターです。
「聖書を解釈するのは教皇と聖職者の仕事。何もわからない一般人は、ありがたく教えてもらい、従いなさい」
ちょっと意地悪な言い方ですが、これが当時のローマ・カトリック。
そしてローマ・カトリックは「善行主義」ですが、善行にもいろいろあります。たとえばボランティア活動や恵まれない人への施しをローマ・カトリックは今も昔もとても大切にしていて、これは明らかに「善きこと」でしょう。ところが、当時は「ローマ教皇にドンと寄付する」といったことも善行に含まれ、さらに聖職者たちが絶対的な権力を握ったことで汚職や不正も横行していました。
ルターは、今のドイツに住む一司祭でしたが、大学で神学と哲学を学んだ知性派です。
「神と人が一対一で向き合うのが本来の姿ではないか」
「大切なのは善行ではなく、信仰そのものではないか」
このように考えたルターは、腐敗したローマ・カトリック教会の改革を目的に、一五一七年に九五箇条の論題をカトリック教会に突きつけます。ルターは、悪いことをしてもそれを買えば赦されるという贖宥状の発行が、ローマ教皇の資金源になっている点も厳しく非難していました。
ローマ教皇の絶対権力に反発する人たちも、これに賛同。こうしてルターの主張からプロテスタントという宗派が確立していきます。プロテスタントとは「抗議」を意味するラテン語です。
このように書くと、ルターの主張がどんどん広まったという事実に注目してしまいますが、様々な文献をひもとくと、実際のルターの人生はいつ殺されるかもわからないというまさに命を懸けたきわどい戦いだったようです。
なぜなら当時、ローマ教皇に反対意見を表明することは、異端であり死刑を意味しました。ルターとほぼ同時代の科学者コペルニクスは、地動説を信じながら、聖書の天地創造の教えに反することからなかなか出版ができませんでした。
彼は、地動説を発表する書籍の原稿が到着した日に病死したので、弾圧に遭わずに済んだのです。
プロテスタントの広がりの背景には、当時の印刷技術の発展もありました。教会にたった一冊しかない外国語の聖書では、そもそも手に取る機会がないし、あったとしても読む気にならないでしょう。
ところが、自国の言葉に翻訳された聖書が印刷物として大量に出回れば、一般の人たちの識字率も上がっていきます。
たとえて言うなら、それまでのカトリックでは、神やキリストが「作家」であり、そのメッセージはローマ教皇や聖職者という「マスコミ」経由でしか得ることができませんでした。
情報にバイアスがかかっていても、真相はわかりません。ところが宗教改革をきっかけに、人々は自分で聖書を読める、つまり神からダイレクトに情報を得られるようになったのです。まるでネット社会の到来のようではありませんか。
ルターが掲げたのは「信仰主義」「聖書主義」「万人祭司」の三つです。
ざっくり言うと、神と一対一で対峙して信仰を大切にし、聖書を読んで自分なりに解釈し、主体的に行動すべきだという主張です。これは現代社会の個人主義のスタートと言っていいと思います。