『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

「失敗するのが怖い人」が無意識に持ち続けている思考のクセPhoto: Adobe Stock

[質問]
 読書猿さんこんにちは。

 12歳頃まで、友人や家族にかわかわれたり、けなされたり、笑われたりすることが多い環境で過ごしました。そのせいか、「自分は不格好/不器用である」という意識がこびりついて取れません。

 何をするにしても、不格好な過程や結果を恐れて逃避してしまい、取り掛かるのが著しく遅れます。その後逃げられない状況に追い込まれてから、「どうせ不格好になるのだから」と捨て鉢になり、乱暴に仕事を済ませてしまいます。

 常にこのループの中にいるため、いつもどことなく憂鬱な気持ちが拭えませんし、何事も身につきません。前向きに、落ち着いて物事に取り組めるようになって、自信をつけたいです。何か目を通すとよい書籍はありますでしょうか。ありましたら、お教えください。よろしくお願いします。

ちょっとした「実験」をして、人生が変わるか試してみてください

[読書猿の回答]
 ご相談の問題の核心は、不適応な信念のために行動が抑制されて、信念を修正する機会が回避されてしまい、いつまでもその信念が改められないところにあります。この信念は、家族や友人にからかわれたりけなされた経験から学習されたものなので、修正するには再学習が必要です。そのために標的をはっきりさせておきましょう。

 修正すべきは「自分は不格好・不器用である」という信念ではなく、「不格好・不器用な人間が生み出す不格好な成果はこの世界に存在してはならない」という信念です。この信念は「役に立たない人間は生きる価値がない」という考えにも似た危険思想であり、人々を憂鬱と不活動に閉じ込める呪いです。

 さて対処法です。経験によって学習された(しかも回避という自身の行動によって繰り返し増強されてきた)信念なので、言葉による説得では動かしがたいでしょう。修正には、自らの行動によって自分の信念が正しくないことを示す、行動実験が必要だと思います。

 例えばこんな方法があります。

 1枚ずつ切り離せるメモ帳ぐらいの小さな紙に、絵でも短い文章でもいいので書いてみます。不完全なものにしたいので、最初は書く時間は60秒までと最初に決めておくとよいです。

 こうして〈不完全なメモ〉を世の中にひとつ生み出します。

 こうすることで、あなたの作り出した「不完全なもの」が他人の目に触れる可能性が(わずかですが)生じます。

 最初は負荷が低いところから始めます。

1.書き終えた〈不完全なメモ〉を、そのまま自宅のゴミ箱に捨てる
もうすこし負荷を高めるには
2.駅や公園などのゴミ箱までいってメモを捨てて来る
さらに負荷を高めるには
3.メモを折りたたんでベンチに置き去りする
もっと負荷を高めるには
4.Twitterなどで別アカウントを取得し、メモの画像つきでつぶやく

 私の予想では、いずれの行動実験でも、あなたの人生はほとんど何も変わらないでしょう。しかし、このような些細な実験であっても、相当な心理的抵抗を覚えるでしょう(何回かは実験を断念することになると思います)。

 しかし、たとえ不格好な結果を生み出しても、致命的なことは何も起きないことを身をもって経験できるはずです。

 以下は蛇足ですが

 この世界には、「間違い」というしかない不格好な形でしか生まれようがないものが確実にあります。これは、未だこの世界に存在しない新しいものを生み出そうとした人ならば必ず直面する事実です。

 そして極言すれば、「間違い」というしかない不格好な形でしか生まれようがないものこそが、世界の美しさを形作ります。

 例えば、通り一遍のことを書いているときには破綻なく整っていた文章が、たった一滴自分の思いを投じただけで、狂いが生じ不整合を来たすことがあります。修正を加えるたびに別のところと矛盾が生まれ、直すたびに「彼方立てれば此方が立たぬ」状態が続きます。人はこうして自分だけにしか書けない文章をようやく書き始めます。

 マンガ『バジル氏の優雅な生活』に出てくるウォーレン・バジル卿の言葉を引きましょう。「アダムとイブが間違えなかったら、私たちは生まれていなかったし、出会うこともなかった」。間違いだらけのこの世にとどまるのなら、力になるよ、と続きます(彼が言うことは基本、口説き文句なので)。