『すばらしい人体』が医学書として異例の話題書となっている。書店で目にした人も多くいることだろう。実践的なトレーニング本でもなければ、食養生の本でもない。人体の面白さや医学の奥深さに真っ向から取り組んだ本書が、なぜこれだけ多くの人々の心をとらえたのか。また、どんな経緯で出版に至ったのだろうか。ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者の山本健人氏に、そもそも医師になった理由も含めて聞いてみた。(取材・構成:真山知幸)
正しい医療情報を知ってほしい
――『すばらしい人体』が発売以来、増刷を重ねて、16万部のベストセラーになっています。非常に好調ですね。本書はどのような経緯で出版されることになったのでしょうか。
山本健人(以下、山本):もともと私は「病院のかかり方」や「医療の適切な利用方法」をテーマに、新聞に投書をしていたんですね。
日々患者さんと接しているうちに「怪しい医療情報に惑わされてしまう人がこんなに多いのか!」とショックを受けました。標準治療を受ければ治る見込みがあるにもかかわらず、不確かな情報を信じて、病院に来なくなってしまったり、自己流の治療に走ってしまったり……。
そんな経験から「正しい医療情報を知ってほしい」という気持ちで、新聞の投書を始めました。
全国紙に送った投書は全部で50通以上にのぼります。そのうち、2~3割は掲載されていました。合わせて、ウェブサイトを作って情報発信も行っているうちに、書籍の依頼も来るようになったんです。ただ、何冊か出すうちに、啓発活動に限界を感じるようにもなりました。
「啓発」するのではなく「面白さ」を伝える
――「本を出版しても、読者にメッセージが届かない」ということですか。。
山本:そうですね。ある程度は届くのですが、医学にもともと関心が高い人にしか、自分の本は読んでもらえていないんじゃないかと……。
もっと広く一般の読者に訴求するにはどうすればよいのか。そう考えたときに「啓発する」ではなくて、「医学って実はこんなに面白いんですよ」と伝える本を書きたいと思ったんです。
私自身も、医学を学ぶようになってから、肛門の優れた機能や、眼球が持つ調節能力の高さなどを初めて知りました。私たちの身体には、知られていない面白い機能がたくさんある。
そのことに気づいてから、いつかどこかで本にできないかと、人体にまつわるネタをメモに書き溜めるようになりました。私は日頃から、いいアイデアが浮かんだときに即座にメモを取るようにしているんです。
たとえ歩いている最中でも、面白いアイデアが思い浮かんだら、立ち止まって音声入力でスマホにメモします。『すばらしい人体』が書けたのは、この習慣のおかげですね
医師になったきっかけ
――長年にわたって蓄積してきたメモの集大成が『すばらしい人体』なんですね。そもそも先生はなぜ医師になろうと思ったのでしょうか。
山本:私は幼い頃から医学への関心が高く、今から思えば、ちょっと変わった子どもでした。親にせがんで人体の本を買ってもらったり、ノートの落書きで胃の形状を描いたり……。
もともと体が弱くて、喘息やアトピー、鼻炎などでいろんな病院に通っていたからかもしれません。医師は医学を学び続ける仕事ですよね。
大好きな医学にずっと携われるならば、医師が自分に一番向いている仕事なんじゃないか。そんなふうに考えて、医師を志すようになりました。
「原点」だった企画
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワーもうすぐ10万人。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)など。
――小さい頃から大好きだった医学の面白さを伝える……そういう意味では、本書はいわば先生の原点でもあるわけですか。
山本:まさにその通りですね。一番やりたかった企画だったので、ダイヤモンド社の田畑博文さんから依頼されたときは、すぐに引き受けました。
しかも、私は田畑さんが編集担当した『とてつもない数学』(永野裕之著)や『若い読者に贈る美しい生物学講義』(更科功著)の愛読者で、担当編集者の名前もチェックしていました。
「まさにこんなふうに一般の人が楽しめるかたちで、医学や人体の本ができたらよいなあ」と考えていたので、その田畑さんから依頼がきたときは驚きましたよ。
医学の2つの面白さ
――すごい巡り合わせですね! せっかくなので、編集担当の田畑博文さんにも、企画の背景についてうかがいたいと思います。なぜ山本先生に『すばらしい人体』の執筆を依頼したのでしょうか。
田畑:書籍の編集を通して人体の面白さに触れる機会があり、一般向けの医学の本を作りたいとずっと思っていました。ただ、単なる雑学本にはしたくなかった。
私が医学に面白さを感じたのは、「人体とは何か?」という真理を探究する学問としての面白さと、「患者の命を救う」という医療行為、いわば実学的な要素の両面を兼ねそろえていることです。
この両面からアプローチできるような、人体と医学の入門書が作りたい。そのように空想しながらも、良い著者を見つけられずにいました。
というのも、医師が一般書を書くと、いわゆる健康情報の本になってしまいがちです。かといって、医学研究者の方に執筆してもらうと、語れる領域が限られてしまうので、トータル的な人体の本を書くのは難しいのかなと……。
そんなとき、ウェブ上での発信や過去の書籍を拝読して「山本さんならば、間口の広さと奥行きの両方を兼ねた本が、実現できるんじゃないか」と感じたんです。
そのような期待から山本さんに相談したのが、この本の出発点です。
類書のない本を目指す
――二人がずっとやりたいとそれぞれ頭に描いていた本、それが『すばらしい人体』なんですね。まさに情熱の結晶であり、だからこそ本書が多くの読者を惹きつけているのではないでしょうか。
山本:企画を思いついた時から「もし実現したら絶対に面白い本になるはず」と確信していました。医学という学問はこんなにおもしろいのに、医学をテーマにした一般向けの教養本はほとんどありませんでしたから。
田畑さんにいろいろとアドバイスをもらいながら、人体の面白さと奥深さをふんだんに伝える本書を、なんとか完成させることができて幸せです。
――本書の執筆にあたってこだわった点と、この記事の読者へのメッセージをお願いします。
山本:医学の面白さをきちんと伝えたかったので、表現をかみ砕きすぎないように気をつけました。たとえ「ちょっと難しいかな」と感じても、濃度を薄めることなく、深い内容を書いています。
それだけに多くの読者に刺さってくれたのは、うれしいですね。
高齢化がますます進むなかで、自分や家族、友人のことでも、病気や人体の機能と向き合う機会は、おのずと増えてくるでしょう。ぜひ、本書で人体のすばらしさに触れてほしいと思います。