本を読んだだけではダメ。実践あるのみ

平尾:朝倉さんの『ファイナンス思考』で、ファイナンスは資金調達だけでなく、投資の話だけでもなく、日々のみなさんの仕事に関係すると書いていて、すごく感銘を受けました。ファイナンスを民主化するという発想は、「起業家の頭の中を民主化する」という私の『起業家の思考法』との共通項を感じました。

ファイナンス思考そのものが別解で、時間軸を考えることの重要性を説いた本だと解釈しました。短期思考ではなく、長期的に考えるべきだ。単年度は輪切りでしかないので、その先についてどう考えるかを理解するべきだ。そして「PL脳」というワードが出てきたときに、非常に焦りました。

「うちの会社、PL脳で経営しているかもしれない」

朝倉さんは、PL脳に縛られている人が多いことに、いつ気づいたのですか。

朝倉:自分自身もそうだったと思うんですね。PLは経営者の通信簿としてわかりやすいじゃないですか。だからそれを高めていけば、基本的に多くの投資家さんが歓迎してくださるわけです。だから、それでいいじゃないかと考えていた。

でも、ひょっとしたらPLに固執するあまり、本来得られたはずの価値を失っていないだろうか。そう思うようになったのです。もっと言うと、ミクシィの社長になったときの経験が影響しています。放っておくとどんどん価値が毀損していく一方のときに、会社を解散するか、もっと価値を高めるために戦うかを究極的に問われた。結果として、戦わざるを得ない場に追い込まれたからこそ得た着想かもしれませんね。

平尾:1989年と2021年の時価総額の比較はいろいろなところで見ますが、2021年では日本企業がトップ50にほとんど出てきません。しかし、キャッシュはある程度どの企業も持っているわけで、それが成長を表しているのか、企業価値にはね返ってきているのかについては、時価総額という数字に如実に出てしまいます。もし1990年ぐらいに大企業の社長たちが『ファイナンス思考』を読んでいたら、現在とは違う状況にはなっていなかったかもしれませんね。

「本を読むだけで終わる」人と「本を血肉にできる人」との決定的な差平尾 丈(ひらお・じょう)
株式会社じげん代表取締役社長執行役員 CEO
1982年生まれ。2005年慶應義塾大学環境情報学部卒業。東京都中小企業振興公社主催、学生起業家選手権で優秀賞受賞。大学在学中に2社を創業し、1社を経営したまま、2005年リクルート入社。新人として参加した新規事業コンテストNew RINGで複数入賞。インターネットマーケティング局にて、New Value Creationを受賞。
2006年じげんの前身となる企業を設立し、23歳で取締役となる。25歳で代表取締役社長に就任、27歳でMBOを経て独立。2013年30歳で東証マザーズ上場、2018年には35歳で東証一部へ市場変更。創業以来、12期連続で増収増益を達成。2021年3月期の連結売上高は125億円、従業員数は700名を超える。
2011年孫正義後継者選定プログラム:ソフトバンクアカデミア外部1期生に抜擢。2011年より9年連続で「日本テクノロジーFast50」にランキング(国内最多)。2012年より8年連続で日本における「働きがいのある会社」(Great Place to Work Institute Japan)にランキング。2013年「EY Entrepreneur Of the Year 2013 Japan」チャレンジングスピリット部門大賞受賞。2014年AERA「日本を突破する100人」に選出。2018年より2年連続で「Forbes Asia's 200 Best Under A Billion」に選出。
単著として『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』が初の著書。

朝倉:もちろん『ファイナンス思考』は、基本的に個々の会社を舞台にしたミクロ経済の話ですけれど、マクロ経済でも言えることだと思うんですね。将来に向けて価値をつくっていこうということを言いたかった。ミクロの集合がマクロだとすると、1990年から30年経った今が、当時やっていたことに対する答え合わせですよね。私は前の世代のことを批判的に論評することが多いのですが、1970年代以降、政界・財界でリーダーシップを取ってきた人たちに違和感を抱くところが多々あります。

逆に言うと、丈さんもそうですし私もそうですが、今、自分たちがやっている活動の答え合わせが、きっと20年後、30年後にやってくると思っています。20年後、30年後に蓋を開けたとき、さらにダメダメな状況になってしまっていたら、目も当てられません。その思いがあって、少しでも次の世代、その次の世代に引き継げる良いレガシーをつくりたいのです。今はスタートアップに投資する立場ですが、そこに関わっている最大の理由は、未来世代に何かを残したいからです。

ただし、私の『ファイナンス思考』にしても、丈さんの『起業家の思考法』にしても、結局は本を読んだだけでは無理だと思うんですよ。

平尾:読んだ後の行動が大事ですね。

朝倉:目次を見ていて「仕事で成果の出ない人の九つの特徴」「別のやり方を引き出す31のヒント」など、これらを通読したうえで意識して実行してみても、絶対に失敗すると思うんですね。でも、失敗してはじめて「そういえばあのとき、『起業家の思考法』にこんなこと書いてあったな」と思い返すんですよ。本を読む意味はもちろんあります。でも、結局すぐに得られて即効性のあるものなどないんです。

丈さんは、さんざん事業に携わって、さまざまなインプットをして、自身の実体験を踏まえた多くの成功体験や失敗体験があります。だから、息を吸って吐くように本に書かれた内容が言葉として出てくるのです。しかし、これを初めて読んだ人に、あなたも明日からできるよと言えるかというと、おそらくそれは無理だと思います。

もちろん、意味がないわけではなく、そこに書かれていることに気づくことで、軌道修正ができる。その意味においては、ものすごく意味がある。結論は、やるしかない。

平尾:まさにそうですよね。知らないより知っていたほうが絶対にいい。『ファイナンス思考』もテクニック論ではなくて、完全に思考法じゃないですか。こういう考え方があるということを知っておけば、新しいことをやったときに役立つこともある。

――まずは2冊を読んでいただいて、実践していただいて、思い出していただく。その繰り返しですね。

〈第3回へ続く〉

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