ノーベル賞経済学者リチャード・セイラーが「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26か国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、「本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、その驚くべき内容の一部を特別に紹介する。
「誘惑バンドル」で、楽しみと義務を抱き合わせにする
私たちはオーディブルと24アワー・フィットネスの協力を得て、運動量を増やしたいと思っている数千人のジム会員に、1か月間のプログラムを提供した。
プログラム参加者の一部はただ運動を増やすようにと促され(対照群)、残りの参加者はオーディオブックの無料ダウンロードを提供され、誘惑バンドルについての説明を受け、オーディオブックの楽しみを運動のときだけに取っておく方法を試すよう勧められた。
(注:「誘惑バンドル」とは、「好きな音楽を聴く」「ジャンクフードを食べる」などのやりたくてたまらないことと、「勉強」や「運動」などのやらなくてはならないことを抱き合わせにする方法のこと。本書参照)
結果、オーディオブックを無料でダウンロードでき、誘惑バンドルの説明を受けた参加者は、1か月にわたるプログラムの間、毎週一度以上ジムに通う確率が対照群に比べて7ポイントも高かった。
また介入終了後、少なくとも17週間は、毎週運動をする確率が高い状態が持続した(私たちはこの時点で追跡データの収集をやめたが、効果がさらに持続していた可能性がある)。
最初の実験でオーディオブックをジムの頑丈なロッカーで保管した場合の運動量の大幅アップには遠くおよばないが、それでもこの介入が「ただ勧めただけ」だったことを考えれば、大した効果だと言える。
(注:「最初の実験」では、被験者がジムに来たときだけ、面白さ保証付きの小説のオーディオブックが入ったiPodを、ジムに来たときだけ貸し出して、被験者がジムに来たときだけそれを楽しめるようにした。結果、iPodの提供を受けなかった被験者にくらべて、55%も運動量が増えた。本書参照)
最初の実験で参加者のiPodを物理的に閉じ込めたのとは違って、この実験では何の制限も与えなかった。それでいて、誘惑バンドルが確実に、持続的な方法で行動変容をもたらすことが実証されたのだ。
私がこの研究から学んだのは、誘惑バンドルが最大の効果を発揮するのは、誘惑に浸ってよい時間を、やる気をとくに高めなくてはできない活動をするときだけに制限できた場合だということだ(オーディオブックを聴くのはジムだけにして、車やバスでは聴かない、など)。
とはいえ、たんに誘惑バンドルを試すよう勧めるだけでも、持続的な効果が十分得られることがわかった。
「勉強」にも「家事」にも効き目抜群
フロリダの高校で行われた最近の研究では、有益だが気が進まない活動に誘惑をバンドルすれば、やるべきだとわかっているその活動を長期的に持続できるだけでなく、短期的にもやる気を高められることがわかった。
生徒は難しい数学のドリルを解いている間だけスナックや音楽、カラーペンを楽しむことを許されると、注意散漫を心配する教師をよそに、より多くの課題をやり遂げた。
うれしいことに、誘惑バンドルが効果を発揮すると、困難な目標を手強いと感じなくなり、おまけにこれまで無駄にしていた時間まで減らすことができるのだ。
またバンドルは、自炊を増やす(キッチンにいるときだけワインを飲んでよし)、プロジェクトを終わらせる(資料整理の時間になったらiPodを聴いてよし)といった、じつに多様な問題の解決にも利用できることがわかった。
「誘惑バンドル」の注意点
もっとも、残念ながらすべての行動を誘惑とバンドル(抱き合わせ)できるわけではない。
たとえば受信ボックスに届いたすべての新着メールに返信するには、その作業に集中する必要があるから、オーディオブックやポッドキャスト、テレビ番組などとバンドルすることはできない。
一般に、認知的負荷のかかる作業同士をバンドルするのは容易ではない。同じことが、肉体的負荷のかかる作業についても言える。つまり、ハンバーガーを食べる、ワインを飲むなどの行動は、運動とはバンドルできない。
このような複雑さがあるために、誘惑バンドルは行動変容に取り組むとき、現在バイアス(注:将来の大きな利益より、目の前の満足を優先してしまう心理傾向のこと。本書参照)に対する必勝法には必ずしもならない。それは検討すべきアプローチの一つというだけだ。
また、誘惑バンドルを他人に勧めれば、必ず他人の行動変容に役立つとも限らない。なぜなら、この方法を成功させるには、本人が自分を監視することが欠かせないからだ。
本気で取り組む気がなければ、簡単にズルができてしまう。
(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)