ノーベル賞経済学者リチャード・セイラーが「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26か国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、「本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、その驚くべき内容の一部を特別に紹介する。
信念が体に影響を及ぼす
何の効果もない偽薬を医薬品だと信じて飲めばいろいろな症状が和らぎ、自分が緊張して落ち着かないのは不安だからではなくワクワクしているからだと考えれば人前でうまく話せるようになり、テストでよい成績を取ると期待されていると思えば点数が高くなることが、いまでは示されている。
どうしてなのだろうと疑問に思う人のために、アリア・クラムなどの心理学者はいくつもの説明を用意している。何かが起こるはずだという信念は、実際に起こることを次の4つの方法で変化させることがわかっている。
第一に、信念は感情を変化させる。ポジティブな期待を持てばポジティブな気持ちになり、その感情がストレス軽減や血圧低下などの生理学的効果をもたらし、次に起こることに大きな影響をおよぼすことがある。
第二に、信念によって注意の対象が変わることがある。清掃係の例で言うと、仕事を運動に変える方法にもっと注意を払うようになれば、長い勤務時間中の肉体疲労を前向きにとらえ、もっと頑張れるだろう。
第三に、信念がモチベーションを変化させることを示す証拠もある。ここでも清掃係を例に取ると、仕事が体を鍛える機会になると考えることで、質の高い運動をするために仕事をしようというモチベーションが高まる。
そして最後に、信念は私たちの生理機能に、感情を通じてだけでなく、直接的にも影響をおよぼす。心理学者のアリア・クラムが行った研究で、同じ集団に同じミルクシェイクを2回の別々の集まりで提供し、1回目は高脂肪高カロリーの「贅沢」なミルクシェイクだと伝え、2回目は低脂肪低カロリーの「健康的」なミルクシェイクだと言って飲んでもらったところ、驚くべき発見があった。
高カロリーを流し込んでいると思いながら飲んだほうが、食欲を増進するペプチドであるグレリンの分泌量がより減少した。信念によって、まったく同じドリンクに対する生理学的反応に違いが生じたのだ。
このように信念は、感情や注意、モチベーション、生理機能を変化させることによって、経験に強力な影響をおよぼすことがあるのだ。
宿題と思ったおかげで、
「解決不能」な統計問題が解けてしまった
信念の力を伝える物語はいろいろあるが、なかでも私が大好きなのは、バークレーの博士課程で数学を学んでいた、ジョージ・ダンツィーグのエピソードだ。
伝えられるところによると、ジョージが1939年に統計学の授業に遅れて出席すると、黒板にすでに2つの数学の問題が書かれていた。
宿題だと思い込んだジョージはノートにそれらを書き写し、その夜、解くことにした。いつになく難しいと思いながらもなんとか解き終え、数日後に答えを持って授業に戻り、時間がかかったことを詫びて教授に提出した。
しばらくすると教授が、興奮した様子で、ジョージのところにやってきた。じつはジョージが解いたのは、統計学理論の「解決不能」とされる2つの未解決問題だったのだ。
彼が解決できたのは、それらを答えがわかっているただの難しい宿題だと思っていたからだ。
もしその2問が世界最高の数学者たちを悩ませている問題だとジョージが知っていたら、証明を考えつかなかったかもしれない。彼はたまたま遅刻したおかげで、とんでもない偉業を成し遂げた。そのことが彼の人生を一変させ、スタンフォード大学教授へ、そしてその他の大発見に満ちたキャリアへの道を拓いたのだ。
ジョージは答えを見つけることを期待されていると思ったからこそ、それを見つけることができた。行動を変えるには、できると信じることが大切なのだ。
そしてもちろん、その信念は何もないところから湧いてはこない。身近な人たちからの意見や励ましが、「自分にはこんなことができる」という信念を形成するのに役立つ。
(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)