ノーベル賞経済学者リチャード・セイラーが「驚異的」と評する、傑出した行動科学者ケイティ・ミルクマンがそのすべての知見を注ぎ込んだ『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』(ケイティ・ミルクマン著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社)。世界26ヵ国で刊行が決まっている世界的ベストセラーだ。「自分や人の行動を変えるにはどうすればいいのか?」について、人間の「行動原理」を説きながらさまざまに説いた内容で、『やり抜く力 GRIT』著者で心理学者のアンジェラ・ダックワースは、「本書を読めば、誰もが超人級の人間になれる」とまで絶賛し、序文を寄せている。本原稿では同書から、その驚くべき内容の一部を特別に紹介する。
人は「予想通りに」不完全な決定をする
ある日、大学院の必修科目のミクロ経済学の授業で、行動経済学というものを知った。人がどんなときに、なぜ誤った決定をしてしまうのかを、厳密な分析と経験的実証によって解明することをめざす学問だ。
とくに惹かれたのが、そっと肘でつつくようなさりげない後押し、いわゆる「ナッジ」によって、よりよい決定を下せるよう人々を促すという、私が博士課程に進んだころに人気を博し始めていた考えだった。
「ナッジ運動」の提唱者キャス・サスティーンとリチャード・セイラーはこう論じる。
人間は予想通りに不完全な決定を下すから、経営者や政策立案者は先回りして、人々のありがちな間違いを防ぐ手助けができるし、手助けすべきだ。客観的に優れた選択ができるよう人々をナッジすること(たとえばカフェテリアで健康的な食品を目の高さに置く、生活保護の申請書類を簡素化するなど)によって、人々の自由を制限することなく、かつほとんどコストをかけずに、生活向上の手伝いができるのだと。
防げる「早死」が多くある
私ははたと気づいた。
ドラマをイッキ見してしまう、運動をサボる、などのよくある問題に対処するためのナッジを考案することもできるのではないだろうか?
そこで私はナッジの流行に乗っかり、より健康的な選択やよりよいお金の決定ができるよう、自分や他人をナッジする方法を研究し始めた。そしていつしか私はジムの常連になり、ドラマのイッキ見は過去のことになった。
だがそれから数年後、私のナッジへの興味はいっそう切実なものとなった。
ペンシルベニア大学ウォートンスクールの新米助教だった私は、運動や食事にまつわる日々の小さな失敗が、取るに足りない人間の欠点どころか、生死に関わる深刻な問題だという有力な証拠を突きつけられたのだ。
退屈だと思っていた研究発表会で出くわしたグラフが、いまも忘れられない。それはアメリカ人が早死する原因を分析した円グラフだった。
早死の主な原因は、不十分な医療でも、劣悪な生活環境や悪い遺伝子、環境有害物質でもなかった。早死の40%が個人の行動、しかも自分で変えられる行動によるものと推定されていた。
食事や運動、喫煙、セックス、交通安全などに関わる、毎日の一見ささいな決定が積もり積もって、毎年数千件のがんや心臓発作、交通事故での死亡を招いているというのだ。
私は愕然とした。それから、ちょっと姿勢を正して考えた。「もしかしたら、この40%の人のために何かできるかもしれない」
的を絞って対処する
私の関心を引いたのは、生死の問題だけではなかった。日々の決定が、人々の豊かさや幸せに与える影響を分析したようなグラフを見たことはなかったが、おそらく人生のそうした面にも、小さな失敗が積み重なって悪影響をおよぼすであろうことは十分考えられた。
この事態を何とかしたくて、私は起きている時間の大半を費やして古今の研究論文を読みあさり、行動変容の科学について学んだ。
多様な学問分野の何十人もの研究者と話し、成功したアイデアや失敗した研究のことを訊ねた。また小さなスタートアップや、ウォルマートやグーグルのような業界大手の企業と組んで、よりよい判断を下す助けになるツールを開発した。
こうして何に効果があるのか、ないのかを理解しようとするうちに、一貫したパターンが見えてきた。
政策立案者や組織、科学者が、画一的な方法によって人々の行動を変えようとしても、はっきりした効果は得られなかった。
しかし、まず何が邪魔になっているのか──なぜ従業員は十分な貯蓄をしていないのか、なぜインフルエンザのワクチンを打たないのかなど──を考え、その障害に的を絞った行動変容の戦略を立てた場合は、ずっとよい効果が挙がっていた。
(本原稿は『自分を変える方法──いやでも体が動いてしまうとてつもなく強力な行動科学』からの抜粋です)