早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』だ。20万部突破のベストセラー『独学大全』著者・読書猿氏も「結論に急き立てられる我々が『考える』ことを取り戻すために」と推薦している本書。何事につけても「速さ」がもてはやされる世の中で、いまこそ「遅い思考」が求められる理由とは? 植原氏の大ファンを公言する読書猿氏をゲストに迎え、「遅考」の核心を語り合ってもらった。今回のテーマは「『頭がいい』の正体」について。

遅考術 独学大全Photo: Adobe Stock

遅考とは「人類の知恵をフル活用して考える」営み

――『遅考術』の帯には「頭のいい人は遅く考える」というキャッチコピーがありますが、結局「頭がいい」とはどういうことだとお二人は考えますか?

植原亮:遅く考えるときに用いる思考ツールとしては、因果関係と相関関係の区別とか、対照実験のように因果関係を調べる方法、あるいは反証可能性のように仮説や理論を吟味する際に役立つ抽象概念などが挙げられます。

これらの思考ツールは、誰かひとりの人間がつくりだしたものではなく、人類が時間をかけて歴史的に育んできたものです。その道具を、私たちは先人から引き継ぎ、場合によっては自分なりに改良しながら、次の世代に受け渡していくわけです。

もし、「遅く考える人は頭がいい」のだとすれば、それは「遅く考える」ことが、人類の知恵を引き継ぎながら考える行為だからでしょう。

ダニエル・デネットという哲学者は、生物の知性のあり方を、「ポパー型生物」と「グレゴリー型生物」という比喩で表現しました。

まず、ポパー型生物(科学哲学者のカール・ポパーにちなむ)というのは、現実の環境の中でいきなり行動を試すのではなく、行動に移す前に、仮説をいくつか自らのなかで生み出して、シミュレーション的にチェックする、という段階を踏む生物です。

次に、グレゴリー型生物(心理学者のリチャード・グレゴリーにちなむ)というのは、おおざっぱにいうと、これまでの知的先達が生み出し、洗練させてきた「思考のためのツール」をうまく自分の思考に取り込んで使うことができる生物のことです。

人間以外の動物にもポパー型生物はいるのですが、おそらくグレゴリー型は人間しかいません。私たちはグレゴリー型生物でもあるようなポパー型生物であり、それが他の動物にはない、人間ならではの知性を実現しているといえます。

読書猿:まさにいま、植原先生がおっしゃったことを、ニュートンは「巨人の肩に乗る」という言葉で表現しています

人類が工夫してつくりあげてきた道具がたくさんあって、それらを使いこなすことで、僕らの認知能力は確実に上がっていく。

卑近な例でいえば、専門家が自分の専門領域についてあまり間違ったりしないのは、下手なことをいうと同業者にボコボコにされるからです(笑)。

広い意味での同業者の目があって、専門家になる前のトレーニングでそのネットワークに参加し、そこで厳しい洗礼を受けながら成長していく。

ここでも、「人は自分一人で考えているわけではない」ということになります。

その意味で、知識や知恵といったものは、個人個人の脳にインストールされているものよりも、その外側にある部分のほうがずっと大きい。そのことを自覚すると、勉強することがもっと面白くなると思います。

たいていの勉強本に書かれているのは、「自分(だけ)が賢くなる」ためのメソッドです。でも、それだけではもったいない。ほかの人たちが重ねてきた知的営為の蓄積に参加することこそが「学ぶ」ということなんだ――

そういう知識の捉え方を、僕は植原先生に教えていただいたように思いますし、その視点があったからこそ、『独学大全』を書くことができたのです。

―――
遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。

読書猿(どくしょざる)
ブログ「読書猿 Classic: between/beyond readers」主宰。「読書猿」を名乗っているが、幼い頃から読書が大の苦手で、本を読んでも集中が切れるまでに20分かからず、1冊を読み終えるのに5年くらいかかっていた。
自分自身の苦手克服と学びの共有を兼ねて、1997年からインターネットでの発信(メルマガ)を開始。2008年にブログ「読書猿Classic」を開設。ギリシア時代の古典から最新の論文、個人のTwitterの投稿まで、先人たちが残してきたありとあらゆる知を「独学者の道具箱」「語学の道具箱」「探しものの道具箱」などカテゴリごとにまとめ、独自の視点で紹介し、人気を博す。現在も昼間はいち組織人として働きながら、朝夕の通勤時間と土日を利用して独学に励んでいる。
『アイデア大全』『問題解決大全』(共にフォレスト出版)はロングセラーとなっており、主婦から学生、学者まで幅広い層から支持を得ている。本書は3冊目にして著者の真骨頂である「独学」をテーマにした主著。なお、「大全」のタイトルはトマス・アクィナスの『神学大全』(Summa Theologiae)のように、当該分野の知識全体を注釈し、総合的に組織した上で、初学者が学ぶことができる書物となることを願ってつけたもの。
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