頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。

遅考術Photo: Adobe Stock

SNSにあふれる、怪しい言説

 陰謀論や疑似科学のような怪しい言説は、SNSの普及なども要因となって、広く流布している。ほとんど毎日、何らかの形で目にしたり耳にしたりする、という人もいるかもしれない。

 陰謀論とは、ある重大な事件や出来事がなぜ起こったかについて、通説や公式見解とは異なる仕方で、背後に強力な人々の意図や計画を引き合いに出して説明するものである。

 ケネディ大統領暗殺や9.11同時多発テロに関して陰謀論が語られ続けていることはよく知られているし、今年7月に日本で起きた安倍元首相銃撃事件についても陰謀論が目につき始めている。

 疑似科学とは、本当は科学的な妥当性を欠いているにもかかわらず、科学を装って、あたかも科学的に正当な仮説や理論であるかのごとく見せかけた主張のことである。

 日本でいえば、血液型性格診断が古典的な疑似科学の例とされる。アメリカでは、進化生物学に対抗して、生物の起源や進化に関して創造主や知的デザイナーの存在を主張する「創造論」や「インテリジェントデザイン論」などが疑似科学の筆頭である。

 とくに近年では、コロナ禍の影響もあって、世界的に反ワクチン論が勢いを増している。ワクチンの有効性を否定する反ワクチン論には、しばしば疑似科学と陰謀論の両面が見られる。

 たとえば、すでに撤回されている医学論文が科学的な根拠として用いられたり、接種により人々にマイクロチップを埋め込もうという情報通信企業の陰謀が語られたりするのだ。

陰謀論や疑似科学の信奉者の特徴、トップ3

 それでは、こうした陰謀論や疑似科学の信奉者には、どのような特徴が見出されるだろうか。ここでは典型的な特徴として、次の3つ挙げて説明したい。

(1)確証バイアスに陥っている
(2)懐疑的な思考をほとんど行わない
(3)妙な自信にあふれている

その1 確証バイアスに陥っている

 まず(1)に出てくる「確証バイアス」とは、自分いま信じていることや信じたいことについては、それが当てはまっているケースにばかりに目を向けて、それが正しくないことを示すケースは無視してしまう、という傾向のことをいう。

 仮説や理論の正しさを確かめることが「確証」だが、「バイアス」という名が示す通り、「うん、やっぱりこの説は正しいんだ」と、自分の信念を自分で強化する方向に突き進む、思考のバグのようなものだ。

 陰謀論や疑似科学の信奉者は、この確証バイアスに陥っていることが少なくなく、科学的な妥当性の点でもっと優れた理論や説明がほかに存在していても、端的に無視してしまいがちになる。

 9.11同時多発テロ事件では、世界貿易センタービルの崩壊は飛行機の衝突で十分に説明がつくのに、それには聞く耳をもたず、「政府があらかじめ爆弾を仕掛けていた」という陰謀論に固執するのだ。

その2 懐疑的な思考をほとんど行わない

 次の(2)は、要するに「それって本当なのか?」「これまで信じてきたけれども、実は正しくなかったかもしれない」などと疑いを差し挟むことをあまりしない、ということである。

 懐疑的な思考には、自分の信念に不利になるかもしれない主張や仮説でも、いったんは考慮してみることが求められる。しかし、陰謀論や疑似科学の信奉者は、そうした考慮のためのコストを惜しむのである。

 あるいは、確証バイアスに陥っているせいで、自分の信じていることにマッチしないものを端的に無視するので、懐疑的な思考を行う契機が失われてしまう。

その3 妙な自信にあふれている

 最後の(3)は、これまでの話から、当然の特徴だと思われるかもしれない。確証バイアスにより他の仮説や説明を無視し、自分の信念に対して懐疑的に考えてみることをしないのだから、本人達は自信をもって陰謀論や疑似科学を信じていられる。

 実際、並外れたことを信じているわりには、頼りない証拠で満足していることが多い。

 しかし、それに加えて、ここには「知的な優越感」も嗅ぎつけることができる。

「一般に信じられている政府の公式見解や、科学的に正しいとされる学説は、実はまちがっている。そして、自分たちだけが本当に正しいことを知っているんだ」――自分は他の多くの人々よりも知的に優れているという自己認識をもつのに、陰謀論や疑似科学はうってつけ、という面があるのだ。そうした優越感が、妙な自信につながるわけである。

 以上、陰謀論や疑似科学の信奉者に見られる典型的な特徴を3つ取り上げて説明した。これらを知っておくだけでも、陰謀論や疑似科学のような怪しい言説に出会ったときに戸惑いにくくなるし、「これは注意が必要な場面だ」と気づきやすくなるはずだ。

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』著者植原亮氏の書き下ろし記事です)

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遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。