頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。
「連想」で世界をとらえると……
人類史を通じて、因果関係は呪術的な世界観とも密接に関係してきた。
これは、「この世界の中では、類似したものの間には因果的な結びつきがある」という発想にもとづいて呪術が可能とする見方のことだ。
典型的なのは、呪いのわら人形。人間に似た形状の物体にくぎを刺せば、実際の人間にもダメージを与えることができる。非常に「連想的」な見方だから、これもシステム1で起こりやすい。
反対の方向だと、病気の治療や健康増進にもそういう発想がある。
トマトは赤くて4つの部屋があるから、食べれば心臓病の予防になるとか、ウコンは黄色いから黄疸の治療薬として使えるとか。
「象形薬能論」と呼ばれるこうした考えは、西洋では18世紀まで信じられていた。たしかに、直観的にはわかりやすい。
ちょっと変な例だと、アメリカの有名大学でも少なくない割合の学生が「亀を食べる者は泳ぎが得意」のように考えてしまう、ということを示した研究もある。この話は、ピンカーの『暴力の人類史』で紹介されている。(※1)
因果関係と呪術的世界観の関係
呪術に関係する話として、ピンカーのその本には、古代人が人間を生贄として捧げる宗教儀式をしばしば行った理由も説明されている。(※2)
古代人にとってこの世界は、飢餓や疫病、災害や争いに満ちたひどいありさまだった。だから、神様を喜ばせて何とかしてもらいたい。そこで、人間を生贄として捧げれば喜んでくれるだろう――。
ここで、牛や羊ではなく、人間を犠牲にしたのはどうしてだろうか?
それは、こんな(ひどい)世界を創造したのもまた神様である。では、それはどんな神様か。そういうひどい世界をつくったわけだから、人間が血を流して苦しむ様子を見るのが好きなはずだ。だから生贄として捧げるのは人間でなければならない、というわけなのだ。
――まさに、残酷な神が支配する、という話だ。
世界認識は、因果関係の把握に依拠している
どんな因果関係を想定するかは、この世界をどのようなものとして捉えるかということと、直結している。その一つの表れが、呪術的世界観なのだ。
人類の世界認識の発展は、どのように因果関係を把握しようとしてきたかの歴史でもある。
その長い歴史の中で、比較的最近になって明確な姿となって現れてきたのが、科学の方法にもとづく因果関係の把握の仕方だ。
その核心には、直観に頼るのではなくて、あくまでも実験や調査をうまくデザインして行うことではじめて、何らかの現象やできごとを引き起こす原因が特定できる、という発想がある。
(※2)同上、上巻、254~257頁。ただしこの説明は、ピンカー自身ではなく政治学者のジェームズ・ペインによるもの。
(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)
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1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。