人気絶頂の中、日本でのすべての芸能活動を休止し、渡米してから約30年。その生き方と圧倒的な個性で注目を集めてきた野沢直子さんが、還暦をまえにして「60歳からの生き方」について語ったエッセイ集『老いてきたけど、まぁ~いっか。』が発売とともに話題になっています。「人生の最終章を思いきり楽しむための、野沢直子流『老いとの向き合い方』」について、本連載では紹介していきます。

【野沢直子】『若人よ、それでいいのか』発言をしてしまいそうなあなたに伝えたいこと撮影/榊智朗

『黙ってろよ、この年寄り』なんて密かに思っていたはずなのに

 脳の退化もさることながら、感性や感覚みたいな部分の衰えもまた恐ろしい。

 新しい世代の人たちの間で起きている、新しい流行や新しい常識が理解できなくなってきている。

 ついこの間まで私たちは新しい側の人間で、上の世代の人たちに「今の若い奴らの、○○がなっちゃいない」とか批判されると頭にきていたし、「俺たちの時代の頃は、良かった。すごかった」とか自慢されると『黙ってろよ、この年寄り』なんて密かに思っていたはずなのに、今ではすっかり立場が逆転、イマドキの子の考えはわからないとか思うようになって、つい一言何か言ってしまいたくなる。

上の世代の人たちの『俺たちの頃は』話は嫌いだったではないか

 今の若い人たちの間で言われている『草食系』な恋愛話を聞いては好きな子はがんがん誘ってもっと当たって砕ければいいとか余計なことを言ってみたくなるし、若い層の人たちが『仕事があってとりあえず生活できているのだから、もうこれでいい』と言っているという話を聞けば、もっと上を目指す気はないの、などと煽ってみたくなったりしてしまう。

 自分が若かった時の、自分を探して色々吸収して身体で覚えてきたその時代の常識や尺度で今の時代の人を見ても、価値観や考え方が違うのだから理解できないのは当たり前だ。それは頭ではわかっている。

 彼らには彼らの常識があって、もう三十年前の常識なんていらないのである。自分だって若かった頃は、そんな上の世代の人たちの『俺たちの頃は』話は嫌いだったではないか

 だが、私はバンドをやっているのだが、私と同世代でバンドをやっている人たちが「最近の若い子って、ライブやったあとに飲みに行ったりしなくてすぐ帰っちゃうの。だから最近打ち上げ、ないのよ」なんて嘆いているのを聞くと、『若人よ、それでいいのか』『打ち上げやって、交流しようぜ』などと思い、ついつい歯痒くなる。

 私は実はお酒は飲めないのだが、ライブが終われば、みんなと飲みには行く。人と交流がしたいからだ。

若い層の人たちには彼ら流の交流の仕方があって、
そのやり方で交流しているのだ

 では、若い層の人たちは、他の人と交流したくないのだろうか。いや、おそらくはそんなことはなくて、若い層の人たちには彼ら流の交流の仕方があって、そのやり方で交流しているのだ。

 その表現の仕方が違うだけなのだが、そこが見えなくてわからなくて歯痒いのである。

 仕事や人生に対する野望のことやら恋愛やら他の人との交流の仕方など、若い人たちの根底にある人間の感情や情熱というものは結局普遍的で変わらず、蓋を開ければきっと私たちと変わらないのだろうとは思う。

 おそらくはその表現の仕方が変わっただけなのだから、理解できなくても、なるべく口出しはしないでおこうと自分に言い聞かせる。

 若い層の人に無理に擦り寄せて好かれる必要はないと思うが、嫌われる必要もないと思うのでなるべく『若人よ、それでいいのか』発言は避けようと思ってはいるが、時に危うい。

『老いてきたけど、まぁ~いっか。』では、「人生の最終章を、思いきり楽しむための、野沢直子流『老いとの向き合い方』」を紹介しています。ぜひチェックしてみてください。

(本原稿は、野沢直子著『老いてきたけど、まぁ~いっか。』から一部抜粋・修正して構成したものです)

【野沢直子】『若人よ、それでいいのか』発言をしてしまいそうなあなたに伝えたいこと野沢直子(のざわ・なおこ)
1963年東京都生まれ。高校時代にテレビデビュー。叔父、野沢那智の仲介で吉本興業に入社。91年、芸能活動休止を宣言し、単身渡米した。米国で、バンド活動、ショートフィルム制作を行う。2000年以降、米国のアンダーグラウンドなフィルムフェスティバルに参加。ニューヨークアンダーグラウンドフィルムフェスティバル他多くのフェスティバルで上映を果たす。バラエティ番組出演、米国と日本でのバンド活動を続けている。現在米国在住で、年に1~2度日本に帰国してテレビや劇場で活躍している。著書に、『半月の夜』(KADOKAWA)、『アップリケ』(ヨシモトブックス)、『笑うお葬式』(文藝春秋)がある。
写真/榊智朗