「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96ヵ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

「世界の民族」超入門Photo: Adobe Stock

語族の「基礎の基礎」を押さえる

 日本語、英語などの言語は、いくつかの「語族」に属していることは、みなさんがご存じの通りです。その定義は次のようになります。

 語族:同一の起源から発生・発展したと考えられる同じ系統の言語の人々の集まり

 しかし、その全容を理解するのは難しい。なぜなら、言語は影響を受けあうもので、常に変化しています。

 実際、多くのカタカナ語は、英語が日本語化したもの、他言語の影響を受けた和製英語です。

 これら近年の干渉はわかりやすいのですが、アイヌ語で神を意味する「カムイ」と日本語の「神」の音が似ていて、「どこかの時代で影響しあったのかな?」と推察されても、日本語とアイヌ語の「神」がもともとの語源として同じだったのか、あるいはどこかの時代で干渉しあって似た言葉になったのかは、いまだ解明されていません。

 アイヌ語のように文字を持たない言語については言語学者であっても分類に悩む要素が多く、今なお研究途上にあります。

 また、韓国ドラマを見ていると、時折、「これは日本語と同じだ」という単語が出てきます。

 距離的に近く、歴史上のやりとりも多くあるので、共通する言葉があってもおかしくないのですが「語族として同じか」といえば、いい切れない部分もあります。

 言語について興味がある方は別途、比較言語学の書籍などで調べてみても面白いと思いますが、多忙な皆さんが、そのすべてを理解するのは難しいでしょう。

 ここでは、民族の構成要素である語族を大まかに把握するための、必要最小限のポイントだけ押さえておくことにしましょう。

 その上で、言葉は変化するものであり、研究され尽くしていないという現実を踏まえ、「語族は絶対的なものではない」と認識しておいてください。

 よく知られている代表的な語族は次の三つです。

1. インド・ヨーロッパ語族

 インド・ヨーロッパ語族はその名の通り、いわゆるヨーロッパの大半とインド(特に北インド)で話されている言葉です。

 中東にあってヨーロッパ的ともいわれるイランで話されているペルシャ語がここに属していることは覚えておいたほうがいいでしょう。

 これがさらに、いくつかの語派に分かれますが、主として押さえておくべきは次の三つ。

 ・ゲルマン語派
 ・ラテン語派
 ・スラブ語派

 この三つは今のヨーロッパ、政治、文化に影響を及ぼしている、民族を決める要素として欠かせないものです。

 ゲルマン語派に属するのは、ドイツ語、オランダ語、デンマーク語、スウェーデン語、ノルウェー語など北欧の言語。そして英語です。

 ラテン語派の主なものは、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ルーマニア語。

 フランスはもともとフランク王国におけるゲルマン系(それ以前はケルト系)でしたが、途中からどんどんラテン語の影響が入ってきて、ラテン系となりました。

 スラブ語派は、ロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語。旧ユーゴスラビアだったセルビア語とクロアチア語、ボスニア語もこの仲間です。ポーランド語、チェコ語もスラブ語に属します。

 地理的に近く、同じ語族で、文化にも共通点が多くあれば影響を及ぼしあうのは、ロシアと旧ソ連衛星国の関係に見て取れます。

 逆にいうと、ヨーロッパの人とヒンディー語を話すインドの人が、「我々はインド・ヨーロッパ語族だから近しい」とは感じないでしょう。

 歴史を遡れば、インド・ヨーロッパ語族はコーカサスから広まっていったため、発生はつながります。

 しかし、時間と空間の隔たりが影響してまったく違う言葉になっていき、民族的な違いもそれに応じて大きくなっていきます。

 同じ語族の言語は比較的学びやすいものの、英語を話すアメリカと、ペルシャ語を話すイランが親和的どころか1978年のイラン革命後は不倶戴天の敵のような関係にあるのは、ご存じの通りです。

 語族は民族を紐づける一つの要素ですが、絶対的な要素ではありません。同じ語族でも、同じ民族とはならず、文化の違いや歴史的な軋轢、政治的な要因が積み重なって関係が悪化します。

2. アフロ・アジア語族

 中東やアフリカを中心に使われている言語で、アラビア語、ヘブライ語、アムハラ語などが現在でも使われています。

 エジプト語(現在使われるアラビア語エジプト方言のことではない)、アッカド語、フェニキア語などもありますが、これらは「言語学者・歴史学者の研究室以外では消滅した言語」といわれています。

 アラビア語、ヘブライ語が広範囲で使われ、現存している理由は宗教。旧約聖書はヘブライ語で書かれており、コーランはアラビア語です。

 この絶大な影響力が、他言語を制覇したともいえます。世界の三大一神教であるキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖典のうち、旧約聖書とコーランがアフロ・アジア語族の言語なのです。

 旧約聖書では、アラブ人とヘブライ人は兄弟であり、そこから分かれていきます。

 イスラム教のアラビア語と、ユダヤ教のヘブライ語が同じ語族であり、どこかで枝分かれしたことと合致します。

 ヘブライ語とアラビア語は言葉としても近く、学びやすいともいわれています。マイナーに思えて実は世界で絶大な影響力を持つ語族として、押さえておいたほうがいいでしょう。

 なお、かつて使われてきたセム=ハム語族という用語は今日ではあまり使われなくなっています。ハム語族という同系統の語族の存在が否定されているためです。

3. アルタイ諸語

「セム=ハム語族」と同じく以前は「ウラル・アルタイ語族」という名称で、かつて世界三大語族といえば「インド・ヨーロッパ語族、セム=ハム語族、ウラル・アルタイ語族」でした。

 しかし最近の学説では、ウラル語とアルタイ語は別のものとされています。

 語族はこのようにいまだ詳らかでない部分が残されており、有力な学説がぽんと出てくれば分類が変わります。

 アルタイ諸語はチュルク語族(トルコ語など)、モンゴル語族(モンゴル語など)、ツングース語族があります。

 かつてアルタイ語と近いとされていたウラル語族にはフィンランド語派、エストニア語派、ロシアの北で使われているサーミ語派がありますが、この他にも世界には多数の語族・語派が存在します。

日本語はどこに属するのか

 日本語や朝鮮・韓国語、アイヌ語もアルタイ諸語に入るという見方もありますが、この議論には結論が出ていません。

 漢字をはじめとして多大な影響を受けている中国語はシナ・チベット語族(中国語、チベット語、ビルマ語など)ですが、日本語はそこに当てはまらず、どの語族かは「不詳」、あるいは「日本語族」、琉球語とあわせて「日琉語族」とされています。

 民族を構成する語族についてビジネスパーソンの必須知識としては、「主な三つの語族に加えて、シナ・チベット語族(中国語)がある」くらいの理解で十分でしょう。

 日本にはアイヌ語などがあるものの、日本国籍の人々の間で使用されているのはほぼ日本語。

 限りなく単一言語国家に近く、どの語族にも属していないことは、日本の民族偏差値が低い一因かもしれません。

 ちなみに、生まれてから自然に話せるようになる言語を「母語」といい、「母国語」とは異なります。

 子どもはまわりの人の言葉を模倣して言語を獲得していくので、大抵は親の使う言語が母語となります。

 仮に「日本在住で国籍も日本だけれど、家庭ではアラビア語を話すエジプト人夫婦」がいたら、子どもの母語はアラビア語。

 その子がやがて日本語も同じくらい話せるようになっても、母語はアラビア語です。

 アイデンティティを自身がどう捉えるかで違ってきますが、単純にいうと、日本生まれの日本育ちであるこのケースの子どもは、「母語がアラビア語、母国語が日本語」となるでしょう。

 日本人は日本国籍で日本語を母語とする人が多数派なので、母国語と母語を混同していることがありますが、世界では母国語と母語が一致するほうが珍しい。

 日本の常識は世界だと特殊という一例なので、押さえておいてください。