カーボンニュートラルに向けたエネルギートランジションの手法として、燃料アンモニアの活用を推進しているのはG7(主要7カ国)で我が国だけである。これは国際社会における異端の道なのか、あるいは科学的、合理的な脱炭素アプローチなのか。政府の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会の委員であり、エネルギー産業論の専門家である橘川武郎氏に聞いた。

ウクライナ危機は
日本にとって天然ガス危機

編集部(以下青文字):ロシアのウクライナ侵攻によって、世界のエネルギー情勢が大きく変化しました。日本にとってこの環境変化の本質とは何でしょうか。

新興国を含むカーボンニュートラルは<br />燃料アンモニアが唯一の現実的な道国際大学 教授 副学長
橘川武郎
TAKEO KIKKAWA

東京大学・一橋大学名誉教授。経済学博士。専門は、日本経営史、エネルギー産業論、地域経済論、スポーツ産業論。経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会委員、出光興産の社外取締役を兼ねる。主な著作に、『日本電力業発展のダイナミズム』(名古屋大学出版会、2004年)、『松永安左エ門』(ミネルヴァ書房、2004年)、『出光佐三』(ミネルヴァ書房、2012年)、『日本のエネルギー問題』(NTT出版、2013年)、『応用経営史』(文眞堂、2016年)、『日本の企業家3 土光敏夫』(PHP研究所、2017年)、『エネルギー・シフト』(白桃書房、2020年)、『災後日本の電力業』(名古屋大学出版会、2021年)など。主な共著に、『日本経営史 新版』(有斐閣、2007年)、『グローバル経営史』(名古屋大学出版会、2016年)など多数。

橘川(以下略):日本にとってウクライナ侵攻がもたらしたエネルギー情勢の最大の変化は、突き詰めて言えば「天然ガス危機」です。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)で一時急落したエネルギー価格は2020年後半から上がり始め、経済回復に伴う需要増加や世界的な天候不順など複合的な要因で2021年後半に歴史的な高騰が生じました。特にヨーロッパは、天候不順による再生可能エネルギーの発電量低下などから危機的な様相でしたが、そこにウクライナ危機が重なり、いっそう深刻な状況になりました。

 G7の状況を見渡すと、大きく3つに分かれています。アメリカとカナダはエネルギーをほとんど輸入していませんから、危機は生じていません。ヨーロッパ勢は軒並み危機的状況で、石油、石炭、天然ガスに数十%依存しているドイツ、イタリアが特に深刻です。昨年(2022年)から今年はたまたま暖冬で何とか乗り切ることができましたが、まだ危機的状況は続くと思います。

 日本は北米とヨーロッパの中間です。ヨーロッパに比べるとロシアへのエネルギー依存度は低くて、2021年時点で石油が4%、天然ガス9%、石炭11%です。この数字だけ見ると大したことはないと思えますが、問題は1次エネルギーの自給率の低さで、日本はわずか12%前後しかなく、G7の中で極端な低水準です。ドイツで約35%、イタリアでも約25%あります。

 決定的な違いは再エネの普及率です。2021年の電源構成に占める再エネの比率は、イギリス、ドイツ、イタリアがぴったり同じで42%。それに対して日本はほぼ半分の22%です。これがエネルギー自給率の足を引っ張っています。

 天然ガスの脱ロシア化を図るヨーロッパは、ロシア以外の国から輸入しようとしますが、それらの国からは日本も輸入しています。結果的に天然ガスを中心に値段が上がり、場合によっては日本が買い負けてしまう。エネルギー自給率が低い日本にとって、ウクライナ危機のダメージは大きいのです。

 当面は、そうした状況が続くのでしょうか。

 日本は化石燃料の中でも石炭への依存度が一番高いのですが、石炭はいろいろな国で産出されますから、代替先を見つけやすい。石油はOPEC(石油輸出国機構)に依存していますが、シェールオイルでアメリカが世界最大の産油国になり、原油市場での価格決定力が落ちたOPECは、その力を取り戻すために非加盟産油国とOPECプラスという枠組みをつくりました。非加盟産油国の中心はロシアで、ロシアと協調して原油価格を維持するのが基本戦略となっています。協調減産が長引きそうで調達コストの面では厳しいのですが、OPECが石油を供給してくれないわけではありません。

 問題は天然ガスです。ヨーロッパはロシアのガス田からパイプラインで気体のまま天然ガスを調達していました。しかし、ウクライナ侵攻に伴う欧米主要国の制裁措置に反発し、ロシアがヨーロッパ向けの天然ガス輸出を削減したため、足りない分は船で運ばなくてはなりません。気体のガスを零下162℃で液体にして、LNG(液化天然ガス)として運ぶわけですが、陸揚げする時に気体に戻す受入基地が必要になります。ヨーロッパにはLNG受入基地が非常に少なく、これをつくるのに2年くらいかかるといわれています。

 日本はもともとLNGを輸入していたので、受入基地は30カ所くらいあり、数は問題ありません。問題は契約形態です。輸出国からすると気体のガスを液化する輸出基地が必要で、これを整備するのに多額の資金がかかります。日本は、マレーシアやブルネイといった発展途上国から輸入する場合、支援策として10年、20年といった単位の長期契約を結んでいます。このため、日本は長期契約の比率が高く、だいたい8~9割あります。

 平時はスポット価格より長期契約のほうがおおむね値段が高いのですが、現在のように需給バランスが崩れると、スポット価格が跳ね上がります。それで、長期契約のウエートが低いヨーロッパでは天然ガスと電力の価格が高騰しているわけですが、日本は長期契約中心なのでヨーロッパほど値上がりしていません。

 ただ、仮にロシアからの天然ガスが止まると、日本も卸売市場からスポットで買わなければなりません。先ほど天然ガスのロシア依存度は9%と言いましたが、電力会社やガス会社によってはロシアへの依存度が2割を超えて5割に達するところもあり、スポットで買うと需要家にそのコストが跳ね返るので大変なことになります。ですから、(ロシア極東の石油・天然ガス事業)「サハリン2」の権益はどうしても守らなくてはなりません。

 日本にとってウクライナ危機が天然ガス危機であるというのは、そうした意味もあります。