あえて危険回避想定の走行をしたら
クルマの素性が分かった
まず、新型「インプレッサ(プロトタイプ)」から話を始めたい。
試乗は、新型FWD(前輪駆動車)、旧型AWD、そして新型AWDの順で、全車がe-BOXER(水平対向2.0リッターハイブリッド)搭載車だ。
走行のスタイルについて、スバル側から「通常のサーキットでのタイムアタックのような走り方ではなく、高速道路や一般公道での走行も十分に考慮してほしい」というアドバイスがあるものの、具体的にどのようなスタイルで走るかは試乗者の裁量任せだった。
そこで、筆者は直線路では時速100キロ程度で急ハンドルによる車線変更を連続して行ったり、アンジュレーション(地表の起伏)があって先がよく見えない時速80キロ程度の大きなコーナーであえてスラローム走行をしてみたり、また時速120キロ程度から進入する低速コーナーへブレーキを段階的に踏みながらステアリングを大きく左右に振ったりしてみた。
こうした走行方法は、高速道路や一般道路で目の前に突然事故車が止まっていたり、または自身の運転ミスで想定していた走行ラインから外れたり、といった万が一の場合の危険回避を想定したものだ。
これまでさまざまなメーカーのクルマの研究開発や実験に携わってきた身として、サーキットというクローズドエリアだとしても、一定の安全を確保した状態での走行を心がけた。
こうした走り方をあえてすることで、ハンドリングや乗り心地はもちろん、クルマの素性が比較的短時間でしっかり分かる。
3台を乗り比べて強く印象に残ったのは、新旧車によるステアリングのセンター(直進状態のステアリング位置)付近での操作性の差だ。
どういう意味かというと、旧型は直進状態での安定性がかなりしっかりと分かるセッティングだ。そのため、ステアリングの操作角度が少ない状態だと、クルマが積極的に旋回しようとはしない。
一方、新型はFWDとAWDのどちらも、こぶし1個分程度の操舵角でもクルマが素直に反応する。
その上で、直線での急ハンドルやスラローム走行では、クルマ全体の動きに「つながり感」があって「クルマの動きの先読み」ができることで、「安心感」がある走りができる。
いわゆる「クルマ全体がしっかりしていて、サスペンションが良く動き、タイヤの接地感が高い」といった感じだ。クルマ全体の動きの自由度が一気に上がっている印象である。
また、AWDもFWDもCVTの制御が賢くなり、クルマの動きにエンジン回転がきれいに同調するようになった。
さらに、車内が静かになった。今回の新旧車比較では、クルマのフロア(床)からの振動や、車内の音でも明確な差があることが分かる。新型は振動が少なく、車内が静かなのだ。これはピットロードでの制限速度である時速20キロ程度の低速走行でも感じることができる。
そのほか、人間の骨格を研究した成果というシートの改良もしっかり体感できた。
総括として、新型は「以前にも増して、より安心して乗れる」と言える。
クロストレックについては今回、サーキット走行はなかった。だたし、22年後半に静岡県内のクローズドエリアで新旧乗り比べをした印象は、今回のインプレッサでの新旧差と同様のフィーリングがあったことを補足しておきたい。
過渡特性追求へのシフト
きっかけはスバルグローバルプラットフォーム
こうした「操作と走りのつながり感がしっかりあり、安心感がある」という走行実感は、スバルが突出して優れていると言い切ることは難しいだろう。
なぜならば、最近はどのメーカーでも「走りのたのしさ」「人中心」といった開発思想に基づき、ハンドリングも乗り心地も一昔前と比べるとどんどん良くなってきているからだ。
また、いわゆる自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ)などの先進予防安全技術の導入も相まって、最新モデルはどのメーカーであっても「安心して乗れるのは当たり前」というイメージを多くの人が持つようになってきた。
確かに、どのメーカーでも、モデルとしての世代が新しいほど「安心感」や「クルマの安定感」は増すのだが、それでも、スバルのそれは「ちょっと違う」印象がある。
その違いの原点は、AWDがベースモデルの乗用車というスバルのヒストリーに裏打ちされた、スバル開発陣が日夜追い求めている「スバルらしさ」なのではないだろうか。
「スバルらしさ」を技術的に見れば、今回旧型と称している5代目インプレッサから導入した車体のSGPの影響が極めて大きい。
SGP導入前もスバルは、特に2000年代に入ってライバル各社がAWDを含めて「走りを極める」方向でクルマを進化させていく中、スバルとしては「さらなるスバルらしさ」を追求してきたが、どうしても「車体の世代」の性能限界を感じる印象があった。
それが、SGPの登場で、車体というクルマの母体がしっかりしたことが、スバルにとって開発環境の全体で大きな変化をもたらした。
水平対向エンジン+シンメトリカルAWD、またはAWD思想をベースとするFWDにおける「スバルらしさ」の追求がしやすくなったのだ。
そうしたSGPが、インプレッサ、フォレスター、日本市場ではレヴォーグ、海外ではレガシィ、そしてアウトバックと段階的に熟成され、そこからのフィードバックによって、6代目インプレッサとクロストレックが「さらなる高み」に達したのだと、今回の試乗を通じて実感した。
スバルらしい走りに関する技術については、スバルが報道陣向けに開催した「SUBARUテックツアー」(走行安全編)の中で詳しく紹介されている。
この領域を統括するエンジニアは、2000年代の「定常特性開発」から、SGPが登場した2010年代は「過渡特性を含む動的質感開発」へと開発の方法が大きくシフトしたと説明している。
過渡特性とは、ステアリングを切り出すなどの操作の時に運転者が感じるクルマの動きを指す。人が行うステアリング、アクセル、ブレーキの操作に対して、クルマの挙動は車体、サスペンション、タイヤ、さらに動力系を介して、やや遅れて発生する。この遅れを時間軸で見ると、0.1~0.2秒に過ぎない。
それでも、「スマートフォンの操作などによる作動の遅れなどと比べると、人の感覚としては、クルマの過渡特性での遅れを短い時間として捉えていないのかもしれない」とスバルは説明する。
そうした過渡特性をより明確に解析するため、スバルは独自に研究開発機器を仕立てた。
具体的には、車両の動力部、操作部、そしてサスペンションといった実物を使う機器でのシステムの過渡分析、車体やボディの歪(ひず)みなど変形を数百のセンサーを用いて分析、さらにボルトによる締結部の剛性の低さなど締結構造の最適化の解析などを行った。
その結果、車体とボディには、スポット溶接の点を面的な結合度として高める接着剤である「ウェルドボンドの採用」、ルーフの共振現象を特定して収束性を改善することで聴力の乗り心地への影響を低減する「高減衰マスチック材の追加」、そしてシートの取り付け剛性の改善とシートでの身体保持の改善による「頭部揺れの抑制」などを実現している。
また、インプレッサとクロストレックでは、電動パワーステアリングのモーターアシスト軸と、運転者のステアリング操舵の操作軸を別の軸とする2ピニオン方式を採用したことで、滑らかでリニアリティ(感覚としての直線性)があるステアリングフィーリングを実現している。