「この本は、まちがいなく買いだ」。竹内薫氏絶賛の1冊『僕たちは、宇宙のことぜんぜんわからない』。本書は、「宇宙は何でできてるの?」「ビッグバンの時には何が起こったの?」「ダークマターって何?」「宇宙で僕らはひとりぼっちなの?」……こんな「まだ解かれていない宇宙の謎」を解説する「世界一わかりやすくて面白い宇宙入門」だ。本連載では、本書の一部から抜粋して、わかりやすい宇宙の話をお伝えする。
「反物質」はほとんど見つかっていない
物質と反物質には、すごく大きくてすごく大事ですごく当たり前の違いが1つある。
物質は至るところにあるのに、反物質はほとんど見つからないのだ。
どうやらこの宇宙には、反物質よりも物質のほうがずっとたくさんあるらしいのだ。
もし物質と反物質がお互い正反対のバージョンだったら、ビッグバンのときに粒子と反粒子は同じ個数つくられたはずだ。
でも、そこから少し劇を進めてみたらどうなるだろう?
ふつうの粒子1個あたり反粒子が1個つくられたとしたら、いずれはすべての粒子が反粒子と出合って対消滅し、宇宙の物質は残らず光子に変わっていたはずだ。
でも君は生きているし、君が光でできていないのはほとんど間違いないんだから、そんなことにならなかったのは確かだ。
だから、反物質よりも物質のほうがなぜか選り好みされたのだと考えるしかないのだ。
この差の理由として考えられるのが(少なくとも)2つある。
考えられる理由その1
ビッグバンのときに、反物質よりも物質のほうが少しだけたくさんつくられた。大部分の物質と反物質は対消滅して消えてしまった。
でも、反物質が底をついてもほんの少し物質が残っていて、その物質から、いま存在している銀河や星、チョコレートケーキやダークマターがつくられた。
確かにそれでいまの宇宙の様子は説明できるけれど、話をはぐらかしているだけだ。
「どうしていまの宇宙は反物質じゃなくて物質でできているの」という疑問が、「どうして宇宙の始まりには反物質よりも物質のほうが多かったの」という疑問に変わっただけだ。
そして残念なことに、どっちの疑問の答えもぜんぜんわからない(しかも、初期の宇宙にまつわる現在の理論のほとんどは、最初に物質と反物質が違う量だけつくられたという事実とつじつまが合わない)。
考えられる理由その2
ビッグバンのときには物質と反物質は同じ量だけつくられたけれど、粒子の何かの性質のせいで、時間が経つにつれて物質が反物質よりも多くなっていった。
物質よりも反物質のほうを速く壊したり、反物質よりも物質のほうを速くつくったりする物理反応がもし存在するとしたら、それもありえる話だ。
粒子はつねにつくられては壊されているので、粒子と反粒子とで生成や破壊がほんのちょっと違っていただけだったとしても、その違いが積み重なれば大きいアンバランスになるかもしれない。
この第2の説はなかなかよさそうだ。でもこの宇宙がそもそも、反物質よりも物質のほうを好んでつくったり取っておいたりするなんてありえるんだろうか?
ほとんどの物理現象は完璧に対称的だ。わかっている限り、ふつうの物質にできることなら反物質でも同じようにできる。
たとえば中性子は陽子と電子と反ニュートリノに崩壊する(核ベータ崩壊といってつねに起こっている)。
それとまったく同じように、反中性子は反陽子と反電子とニュートリノに崩壊する。
もしかしたら、宇宙の選り好みはほんのちょっとなのかもしれない。
物理学者は素粒子の生成と破壊を調べて、粒子と反粒子のあいだで次々に姿を変える振動現象の様子のわずかなずれを探している。
ちょっとしたずれの証拠は見つかっているけれど、残念ながら、いまの宇宙に見られるとてつもなく大きなバランスのずれはとうてい説明できない。
だから、反物質よりも物質のほうが選り好みされた理由はほかにもあるはずだ。
それがわかったら、そもそもどうして粒子と反粒子の2種類があるのか、その手掛かりが見つかるかもしれない。
でもいまのところはぜんぜんわからない。
奇妙な物質
反物質についてはある程度のことはわかっている。
存在していて、物質と電荷がプラスマイナス反対で、物質と接触すると対消滅して光に変わることはわかっている。手掛かりがぜんぜんないわけじゃない。
でも、わかっていないことに比べたら、そんな手掛かりなんてたいしたことない。まず、どうして反物質があるのかがわかっていない。
それがわかったら、物質の成り立ちを解く手掛かりになるんだろうか?
もっと別の種類の物質も存在するんだろうか?
さらに、物質と反物質には対称的なところがたくさんあるけれど、この宇宙はなぜか物質のほうを選り好みしているのだ。
こうした疑問のことを考えていくと、反物質が怖くなってくるかもしれない。もちろん触りたくはない。
けれど、反物質からどんなクールなことが学べるか考えてみてほしい。
たとえば、とてつもない疑問が1つ残っている。
反粒子は物質粒子と同じように重力を感じるのだろうか?
反物質があることはわかっているし、いまの理論によるとふつうの物質とまったく同じように重力を感じると予想されているけれど、実際に十分な量の反物質を観察してこの基本的な疑問に答えるのはまだ無理だ。
重力はすごく弱いので、そうとうたくさん粒子を集めないと測れない。でも反物質はすごく少ないし不安定なので、重力の実験をするのはほとんど不可能だ。
でももし、反物質とふつうの物質で重力の感じ方が違っていたら?
反粒子の大きな特徴は、電磁気力と弱い核力と強い核力の「荷」がふつうの粒子とプラスマイナス反対なことだ。
だとしたら、反粒子の「重力荷」も反対なんだろうか? 反物質は重力を反対に感じるんだろうか?
もしそうだったとして、「反重力」の性質を持った反材料をつくって利用する方法が見つかったら、どうなるか想像してみてほしい。
子どもの頃に夢見た空飛ぶ車や反重力ブーツが現実のものになるのだ!
もしそうなったら、「反物質」っていう名前を「凄物質」って変えたくなるかもしれない。