「幸せな気持ちは、健康行動の観点から注意が必要なことがある」と『健康になる技術 大全』の著者、林英恵さんと言います。幸せとは、あるネガティブな感情とも、実は共通点がある、と指摘します。なぜか、一見問題のないように思える「幸せ」の感情の盲点、について述べていただきました。
本連載では、「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)
幸せは怒りと似た感情の構造を持っている
幸せな気持ちは人への信頼感を増やしたり、健康の面でプラスの働きをすることが多いので、良いイメージを持つ人が多いかもしれません。ただ、健康習慣の観点から考えると、注意が必要なことがあります。
幸せは、行動科学の分野のある理論(認知傾向フレームワーク)によると、怒りと似た感情の構造を持つことがわかっています。怒りと幸せという、一見真反対のような感情ですが、この2つには共通点があるのです。
怒りと幸せの感情で気をつけないといけないことは、物事を楽観的に見て、リスクを過小評価する行動を取ることです。怒りは典型的なネガティブ感情で、幸せはポジティブ感情の代表格ですが、感情の作用として、怒りと幸せは同じような傾向が見られました(*1)。
幸せが生み出す負の健康行動とは?
一見、怒りと幸せが同じ作用を持つといわれてもピンとこないかもしれないのですが、幸せになると、気が大きくなってしまって、怒りと同様リスクを過小評価するというのはわかるような気がしませんか?
「今日はいいことがあったからいつもよりお酒を飲んでしまおう」とか、「普段やめている甘いものも食べてしまおう」というのは、幸せが生み出す負の健康行動です。ポジティブな感情は総じて健康に良いというイメージがありますが、幸せな気分にある時は、いつもより気持ちが大きくなっていることを認識し、リスクを低めに見ないようにする必要があります。
【参考文献】
*1 Lerner JS, Han S, Keltner D. Feelings and consumer decision making: the appraisal-tendency framework. J Consum Psychol. 2007;17(3):158-68.
(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/