『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』著者の冬木糸一さんは、SF、つまり物語を現実が追い越した状況を「現実はSF化した」と表現し、すべての人にSFが必要だと述べている。
なぜ今、私たちはSFを読むべきなのか。そして、どの作品から読んだらいいのか。この連載では、本書を特別に抜粋しながら紹介していく(※一部、ネタバレを含みます)。

『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』の著者の冬木糸一です。エンジニアとして働きながら、ブログ「基本読書」などにSFやらノンフィクションについての記事を、15年くらい書き続けています。

 僕はSFを「現代を生きるサバイバル本」と位置付けています。理由は、イーロン・マスクを代表とする起業家たちのインスピレーションの源が、SFだからです。彼らは文字通り、今ビジネス、そして世界を動かしています。頭のいい人ほど、フィクションから発想を得ていると考えることもできます。

 今回は本書のなかから「不死・医療」関連の本を紹介します。

どんな作品か:個人の肉体が「公共の資源」になった社会

『ハーモニー』
─「不健康」が許されない息苦しさ

喫煙、肥満…「不健康な人が排除される社会」はなぜ生きづらいのか?【人気ナンバーワンSFブロガーが選ぶすごい本】伊藤計劃著/早川書房、2014年(単行本初版刊行2008年)

 大量殺戮を引き起こす「虐殺の器官」が存在する世界を舞台に、未来の戦争を描いたSF長編『虐殺器官』(2007)でデビュー。そのわずか2年後に、34歳の若さで没した作家、伊藤計劃。その彼が、がんで亡くなる直前に病床で書き上げた長編第二作が、未来の医療社会をテーマにした『ハーモニー』だ。

 この作品が描き出すのは、何よりも健康が最優先され、「不健康」でいることが許されなくなった社会。もちろん、かかりたくない病気にかからないでいることができるのは幸せなことだ。あえてがんを患い、苦しい闘病生活を経験したい人などそういないだろう。だが、「健康」とはどこまで強制されるべきものなのか? タバコなど、体に有毒なものを入れるのも、個人の自由といえば自由である。体はあなた一人のものなのだから。

 本作に登場するのは、「体の自由を取り上げられた人々」だ。不健康は悪とされ、治療されなければならないという社会規範の中で、自分の体を自分のものとして取り返したいと切実に願う少女たちの姿が描かれる。

 舞台となっているのは、〈大災禍〉と呼ばれる世界的な核戦争と、その余波が引き起こした災害によって大きく変質してしまった未来の社会。世界中に核弾頭が落ちた結果、放射能汚染によるがん発症が増え、突然変異による未知のウイルスも蔓延した。その反動として、政府を単位とする資本主義的消費社会から、人間の健康を第一に考える医療福祉社会へと世界は舵を切ることになる。

そのために用いられるのが、体内をかけめぐる医療用ナノマシンの存在だ。Watch Meと呼ばれる体内監視システムが、体の中で起こるRNA転写エラーや免疫異常のチェックを行い、問題があれば即座に治してしまう。

 世界的な少子化による人口減少に伴い、この未来の世界における人間の肉体は希少なリソースとなっており、その人自身のものというよりも、もはや公共の所有物と見なされている。命と健康が大切にされすぎた社会では、自分の体を傷つけたり、ましてや自死を選んだりすることは許されない。それ以前に、システム上でエラーが出るので実行は困難だ。

 だが、当然そうした状況に不満を抱き、反旗をひるがえす人間も存在する。本作の中心人物である、霧慧トァン、御冷ミァハ、零下堂キアンの学生3人組がそうだ。現状にとりわけ大きな不満を抱くミァハの主導で、3人は自死を決行しようとする。それは単純に自分の死を望んでというよりも、健康を至上とする社会へのテロリズムのような計画だった。

 「わたしたちが奴らにとって大事だから、わたしたちの将来の可能性が奴らにとって貴重だから。わたしたち自身が奴らのインフラだから。だから、奴らの財産となってしまったこの身体を奪い去ってやるの。この身体はわたし自身のものなんだって、セカイに宣言するために。奴らのインフラを傷つけようとしたら、それがたまたまこのカラダだった。ただそれだけよ」(p46-47)

 少女たちが自死のためにとった手法は、消化器官の栄養吸収を阻害する特殊な錠剤を服用するというもの。しかし、そのプロセスを完遂できたのはミァハのみで、トァンとキアンは途中で人に止められるか、怖くなって自発的に思いとどまることで、ミァハに罪の意識を感じながらもその後の人生を生きていくことになる。

 物語の主要な部分は、生き残った13年後のトァンの視点で進行していくが、その世界では健康への強迫性がさらに増している。そして、なぜか人々が突然操られたかのように自死を遂げ、社会全体が大きな混乱に陥っていく。

どこがスゴいのか:行きすぎた「健康社会」の未来を予見

 本作が、いまも切実さをもって読者にせまるのは、われわれが生きている社会がまさに、ここで描かれているような世界に近づきつつあるからだろう。

 肥満体型の人間はだらしないとされ、痩せていることが素晴らしいとされる。喫煙者の存在は「わざわざ自分の健康を害する人々」として駆逐されつつある。『ハーモニー』の社会では肉体が徹底的な管理下に置かれているため、肥満状態の人間はおらず、デブという言葉も死語になっている。いかにもありそうな話ではないか。

 本作で描かれる健康社会は、肉体ばかりでなく精神に対しても細かいケアを行う。生活の中では健康保護アプリケーションが活用されており、日々の行動からユーザーの嗜好を分析している。もし、文学や絵画などのコンテンツにユーザーが傷つきそうな表現があれば、勝手にフィルタリングするか、事前に警告してくれる。「この作品はあなたの心的外傷に触れる危険性があります」というように。生活態度だけでなく表現にまで、より潔癖さが求められるのだ。適切なフィルタリングが与えられることは素晴らしいことではある。一方、フィルタリングが適用され、「肉体も精神も健康でいることを強いられる」状況は息苦しいものだ。

 ここで描かれていく社会は極端な形だが、われわれの社会がこうなってもおかしくはないのだ、ということは常に意識する必要がある。『ハーモニー』は、その事実を認識させてくれる作品だ。

伊藤計劃(いとう けいかく)
1974年、東京都生まれ。『虐殺器官』で作家デビュー後、わずか2年ほどで早逝。同作はゼロ年代日本SFのベストに数えられる。

※この記事は『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』からの抜粋です。