毎年平均100名近い海外機関投資家と面談しているニコン現CFOの徳成旨亮氏によると、海外機関投資家との面談で、頻繁に「君たち(日本経済・日本企業・日本人)には『アニマルスピリッツ』はないのか?」と問い質されてきた、という。
海外投資家は、日本の社会や企業経営を、血気が衰え、数値的期待値を最重視しリスクに怯えている状態にあると見ている。結果、日経平均は1989年の最高値を未だ更新できておらず、水準を切り上げ続けている欧米株と比べて魅力がないと言われても仕方がない状況だ。
この現状を打破するにはどうしたらいいか? 徳成氏は、「CFO思考」が「鍵」になるという。
朝倉祐介氏(アニマルスピリッツ代表パートナー)や堀内勉氏(元森ビルCFO)が絶賛する6/7発売の新刊『CFO思考』では、日本経済・日本企業・日本人が「血気と活力」を取り戻し、着実に成長への道に回帰する秘策が述べられている。本書から、一部を特別に公開する。
若手に年収2000万円以上を提示する可能性も。
ニコンの「人的資本経営」
世の中にないものを生み出す力の源泉は「ひと」、人材です。人材に関して、ニコンは2022年9月に、「専門的な技能を持つ人材や管理職780人の年収を最大2割引き上げる」「2022年度、グループ全体で新卒採用とキャリア採用を合わせ、前年度比約2倍人員を採用する」ことを発表しました。
同時に、品川区大井町の第1工場跡地に、R&Dセンターを建設し各工場に分散している先進的な研究開発機能を集約する計画も公表しました。
このビルは新本社と併設され、有能なエンジニアに、都内で半導体や光加工機などの最先端のR&Dを行える場所を提供し、リクルートや人材育成に役立てる計画です。
西大井地区の地形を利用した風などの自然エネルギー活用や省エネ技術により、空調・照明などの一次エネルギー消費量を50%以上削減する設計で、ZEB Ready(ゼブ・レディ)というグリーン認証を取得しました。ZEBとはNet Zero Energy Buildingの略で、延床面積4万平米超という大型ビルでのZEB Ready取得は日本で数例目です。
CFOとして私がアニマルスピリッツを発揮したのは、建設に関する資金調達方法です。日本でも数例しかない大型のZEB Readyビルであることを活かして、最先端のファイナンス手法を実現したい、と考えたのです。
私が着目したのは、2021年末に日本銀行が創設した「気候変動対応オペレーション」。この制度は、民間の気候変動対応を支援するため、日銀が民間銀行に対してグリーンローンなどへの資金供給を優遇条件で行うものです。日銀から銀行への貸付利率はゼロ%。加えて、やや専門的な話ですが、日銀当座預金に関して「マクロ加算残高2倍加算」という特典があり、マイナス金利問題に悩む民間銀行には魅力的な制度です。
ニコンにとってもトータルの資金調達コストが下がる効果が見込めます。半年以上の関係者との協議を経て、ニコンの新本社兼R&Dセンター建設資金に関するシンジケートローンには、三菱UFJ銀行をはじめとするメガバンクのほか、地銀にも多数参加してもらえました。三菱UFJ銀行によれば、同行初の精密機器業界向けグリーンローンとのことです。
ニコンのこうした取り組み、特に、従業員の処遇の最大2割引き上げの発表は、世間の耳目を集め、SNSなどのソーシャルメディアやマスコミに大きく取り上げられました。たとえば、2022年11月10日の日本経済新聞で、コメンテーターの梶原誠氏が「ニコンは後に、(人的資本経営の)ファーストペンギンだったと呼ばれるかもしれない」と書いてくださいました[*1]。
また、2023年の4月には、7月から全社員の基本給を昇給分も合わせて平均4.1%引き上げることも決定しました。約9カ月で二度の賃上げになるわけですが、ニコンがこうした大胆な処遇の改定に踏み込んだ背景には、多様な人材の能力を最大限引き出さないかぎり、世の中を変えるようなビジネスは実現できない、という考えがあります。
さらに、ニコンは高度人材の獲得に向け、年収の上限を撤廃し、採用したい人材には能力に応じて個別に賃金を決める新制度も導入しました。2023年5月6日付けの日本経済新聞では、「これまで海外での事業開発やM&A(合併・買収)関連などの専門人材を年収2000万円級などで10人程度採用した。……(中略)……若手に年収2000万円以上を提示することもありうるという」と報道されています[*2]。
*1 「5兆円差益、企業どうする 賃上げ・投資へ最後の挑戦? 本社コメンテーター 梶原誠」日本経済新聞電子版、2022年11月9日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD048H90U2A101C2000000/
*2 「ニコン、ITやM&Aの高度人材獲得へ賃金で特別枠」『日本経済新聞』朝刊、2023年5月6日号
※この記事は、書籍『CFO思考』の一部を抜粋・編集して公開しています。