相続は、一般的な感覚とはかけ離れた運用も多々あるのが現実だ。相続の現場で制度の壁にぶつかっていたり、あるいは相続人同士がもめていたりするケース(いわゆる“争族”)は相当数存在する。平時では思い至らない、しかし誰もが避けることのできない相続の知られざるリアルについて、常時多数の相続案件を手掛ける弁護士が解説する。(弁護士 依田渓一/執筆協力 経堂マリア)
認知症の人がいると遺産分割できない!?
【とある家族の相続物語】
最近、母の様子がおかしい。電話をかけても話がかみ合わないし、笑わなくなった。父が亡くなって1年。50年も連れ添った夫を失ったのだから、たとえ1年がたとうと、まだ気持ちの整理がついていないのだろう。吉岡由紀(仮名)はそう考えていた。
ところが、しばらくぶりに実家に帰った由紀はさらに強い違和感を覚えた。きれい好きの母にしては珍しく、家の中がひどく散らかり、あんなに大切に育てていた鉢植えも枯れ果て、手料理の味が明らかにしょっぱかったのだ。
嫌な予感がした。母は、認知症なのかもしれない――。
3つ下の妹・美香(仮名)にすぐに連絡をとり、2人で母を病院に連れ行くことにした。医師から下された診断は、残酷なものであった。
由紀は激しく自分を責めた。一人寂しい思いをしている母の話し相手に、もっとなってやればよかった。小さな異変に気付いていたのに、なぜその段階で認知症を疑い病院に連れて行かなかったのか。美香も自分を責めていた。姉妹は二人で泣いた。
それから数日後、美香が気になることを言い出した。相続人の中に認知症の人がいる場合、遺産分割ができなくなってしまうというのだ。どこかで耳にしたらしい。
実は、昨年亡くなった父に遺言はなく、家族間でお金の話をするのをためらっているうちに、父の遺産はそのままになっていた。実家の名義は父のまま、父の預貯金も手付かずの状態だ。
これから母の病状が進行すれば医療費もかかるだろうし、一人で住まわせるわけにはいかないから、実家を売ることになるかもしれない。そう考えると、いや応なしに父の遺産の相続手続きが必要になることは明らかだった。
美香の話が本当なら、困ったことになる。由紀と美香は、慌てて知り合いの弁護士に聞いてみることにした。
【相続の疑問点】
相続人の中に認知症の人がいる場合、遺産分割はできないのか。なんとか、遺産分割をする方法はないだろうか?