遺影を持った女性写真はイメージです Photo:PIXTA

相続は、一般的な感覚とはかけ離れた運用も多々あるのが現実だ。相続の一定割合は「相続紛争」(いわゆる“争族”)になっていて、相続人同士がもめているケースは相当数存在する。これまでブラックボックスだった「相続紛争の戦い方」について、300件の争族を担当してきた弁護士が解説する。(弁護士 依田渓一/執筆協力 経堂マリア)

葬儀費用400万円を三兄弟で等分できない訳

【本当にあった相続紛争物語】

 父が死んだ。昔気質の我慢強い人で、20年前に母が亡くなってからはずっと一人、自宅でつつましく暮らしていた。最期は自宅で息を引き取ったのも、何とも父らしい――。長女・磯貝恵美(仮名)は父を慕って、実家の近くに住み、陰ながらサポートしてきた。

 対して、長男・田村修二(仮名)と次男・田村晃(仮名)は父といても気詰まりなのか、母が死んで以降は実家にほとんど顔を出さなかった。そんな二人の態度もあって、責任感の強い恵美は、「私が最期までお父さんを支えよう」という思いが強かった。

 その父が亡くなり、最後の親孝行の時がやってきた。「誰にも恥ずかしくない立派なお葬式にして見送ってあげたい」と恵美は思い、相場よりだいぶ高めだが約400万円の葬儀を手配した。費用は、恵美が家計をやりくりしながらコツコツためてきた預金から全て捻出した。手痛い出費だったが、後で修二と晃も、ある程度は払ってくれるだろうと思っていた。

 喪主も恵美が務めることにした。世間的には長男か次男が務めるのが普通だろうが、修二と晃の面倒くさそうな表情を見て、そう決心したのである。

「自分の父親の葬式だというのに、どうしてそんなに面倒くさそうな顔をするの!? 20年近くろくに会話もしてないと、親子の情も薄くなってしまうのね…」。恵美は兄弟との埋めがたい温度差に、ただただ悲しんだ。

 葬儀が終わり四十九日も過ぎて、恵美・修二・晃の三兄弟は遺産分割について話し合いを始めた。恵美は父の身の回りの世話をしてきたものの、父が遺言を残していなかったので、遺産は三兄弟で3等分するしかないということは、税理士から聞いていた。

「そんなの、別に構わないわ。私は遺産が欲しくてお父さんの世話をしていたわけではないの」。これは恵美の本音だった。親孝行したいときに親がいて、恵美はうれしかったのだ。

 他方、葬儀費用についても同様に、三兄弟で3等分すればいいと思っていた。ところが、である。修二と晃は、「身内だけの格安な葬式で十分だと思っていたのに、恵美が勝手に派手な葬式にした」「内容も費用も何の相談もなく手配した葬式に、1円たりとも払う気はない」と言い張る。

 相談したら何かしてくれたというのか。葬儀の話を持ちかけた途端、あんなに面倒くさそうな顔をしたくせに。葬儀の間も飛び回る恵美を尻目に、修二と晃は何もせず座っていただけだったのに――。恵美の怒りと悲しみは頂点に達した。

 兄弟で争うことを亡き父がどう思うか、頭の片隅にはあったものの、もはや恵美の気持ちは爆発寸前だった。どうしても納得がいかない恵美は、葬儀費用を少しでも修二と晃に出させる方法はないのか、弁護士に相談することにした。これはもう、お金だけの問題ではないのだ――。

【相続の疑問点】

 亡き父は遺言を残していなかったので、恵美・修二・晃は遺産分割協議をしなければならないが、葬儀費用400万円はどう取り扱われるのか。

【ヒント】

 遺言がない相続では、遺産は法定相続分に応じて相続人間で平等に分配することになる。葬儀費用も同様に、法定相続分に従って平等に負担するのが自然なように思える。しかし、法律の世界において葬儀費用はこのような取り扱いになっておらず、恵美が修二と晃に葬儀費用を法的に負担させることは難しい。いったい、なぜなのだろうか。