「幸福」を3つの資本をもとに定義した前著『幸福の「資本」論』からパワーアップ。3つの資本に“合理性”の横軸を加味して、人生の成功について追求した橘玲氏の書籍『シンプルで合理的な人生設計』が話題だ。“自由に生きるためには人生の土台を合理的に設計せよ” と語る著者・橘玲氏の人生設計論の一部をご紹介しよう!

努力の限界効用逓減の法則

「天才データアナリスト」と呼ばれるネイト・シルバーは、6歳のとき野球に夢中になり、打率などを数学や統計によって分析するようになった。シカゴ大学で経済学を学んだあと、世界四大会計事務所のひとつKPMGに就職するが、コンサルタントの仕事がまったく面白くなく、4年で辞めたあとしばらくオンラインポーカーで生計を立てていた。その後、メジャーリーグの打者と投手のパフォーマンスを予測する統計システムを考案し、その手法を選挙に適用して、バラク・オバマとジョン・マケインが争った2008年の米大統領選挙において50州中48州の結果を正しく予測したことで注目されるようになった。

 シルバーはポーカープレイヤー時代の体験から、「予測のパレート曲線」という理論を唱えている。ただしこれではわかりづらいので、「努力の限界効用逓減の法則」としよう。努力と結果(勝率)の関係についての理論だからだ。

 シルバーの「努力の限界効用逓減の法則」では、初心者にとって努力は大きな見返りをもたらすが、上達するにつれてその効果は減っていく。ポーカーでいうならば、「弱いハンド(手持ちのカード)のときはフォールドする」「強いハンドならベットする」「相手のハンドを確率的に考える」といった基本を身につけるだけで損失は大きく減る。20%の努力によって、80%の正確性で一流プレイヤーのようにプレイできるようになるのだ。

「20%の努力で80%の能力を獲得できる」が、セミプロからプロになるには「圧倒的な才能と圧倒的な努力」が必要になるイラスト :bino / PIXTA(ピクスタ)

「20%の努力で80%の能力を獲得できる」というこの法則は、ポーカーだけでなくさまざまなところに応用できる。水泳や柔道、あるいは野球やサッカーでも、10代の頃に数年間真剣に打ち込んで基礎を徹底的に叩き込めば、10人中8人には勝つことができるだろう。

 テレビドラマ化されて大ヒットしたマンガ『ドラゴン桜』の合格請負人、桜木建二も、同じことをいっている。試験で高得点をとるには、それぞれの学問について深く知る必要はなく、基本的なテクニックを習得すればいい。それで(東大には合格できないとしても)8割のライバルに勝ち、それなりの大学に入ることができる。これはきわめて実践的な知恵だったので、受験競争に大きな影響を与えた(ただし、誰もが同じ手法を使うようになってハードルが上がった)。

 問題は、次のステップに進んだときに生じる。努力が実を結ばなくなるのだ。20%を超えたあたりから努力の限界効用は急速に逓減し、こんどは80%の努力で20%程度の能力しか獲得できなくなる。

 これが「Bクラス」と「Sクラス」の差だが、1万時間の練習(80%の努力)をすれば自動的に20%能力が伸びて、頂点(100%)に到達できるわけではない。セミプロからプロへの最後の20%はきわめて困難なので、圧倒的な才能と圧倒的な努力の両方を備えた者しか乗り越えることができないのだ。