セミプロがプロの食い物にされるとき
デリヘルドライバーの風見隼人は、中学生で日本一になるほどのバイオリンの才能に恵まれていたが、それでも最後の20%の壁を超えることができなかった。これはシルバーも同じで、KPMGを辞めたあとオンラインポーカーで大きな利益を得ていたが、急に勝てなくなってしまった。
その理由は、2006年にオンライン・ギャンブル禁止法が制定されたことだ。これによってアメリカ人にオンライン・ギャンブルを提供する会社が取り締まられると、シルバーはタックスヘイブンを拠点とする海外のギャンブルサイトに移った。
これまで常勝だったシルバーは、2006年後半の数カ月で7万5000ドルを失った。そのほとんどはひと晩の損失だった。07年になってもやはり負けつづけ、6万ドルほど失ったところでゲームに勝てる自信がなくなり、残りの資金を引き出してオンラインポーカーから足を洗った。
なぜこんな事態になったのか考えたシルバーは、規制によってポーカー経済の生態系に混乱が生じたことに気づいた。それまではゲームを下支えする弱いプレイヤー(カモ)がいたことで、ゲームの水面は80%以下になり、シルバーは彼らを食い物にして安定した利益をあげることができた。
ところが規制によって素人のプレイヤーが恐れをなしてオンラインポーカーから抜けると、残ったのはポーカーで生計を立てているプロばかりになった。これによって水面は90%ちかくまで上がり、20%の努力しかしてこなかったセミプロのシルバーがこんどは食い物にされることになったのだ。
シルバーの体験は、自分の能力を高めると同時に、競争相手の能力を見極めることの大切さを教えてくれる。たとえ20%の努力しかしていなくても、水面が80%以下なら(カモがたくさんいれば)ちゃんと儲けることができるのだ。
※この記事は、書籍『シンプルで合理的な人生設計』の一部を抜粋・編集して公開しています。
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)、『幸福の「資本」論 -あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社刊)、『橘玲の中国私論』の改訂文庫本『言ってはいけない中国の真実』(新潮文庫)など。最新刊は『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。毎週木曜日にメルマガ「世の中の仕組みと人生のデザイン」を配信。