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安倍晋三元総理は、民主主義国家である日米豪印(クアッド)の連携を念頭に、「自由で開かれたインド太平洋」戦略を提唱した。膨張の度を強める中国への牽制として、岸田総理も継承している国策だが、肝心のインドの態度が煮えきらない。「ヨガとカレーの国」から「グローバルサウスを牽引する新興大国」へと変貌したインドは、民主主義陣営からも専制国家陣営からも、何としても取り込みたい存在だが、「これほど食えない国はない」という声も多い。わが道を行く大国の実情とは?本稿は、伊藤融『インドの正体 「未来の大国」の虚と実』(中央公論新社)の一部を抜粋・編集したものです。
日米豪印によるクアッドは
「アジア版NATO」か?
これからのインド太平洋秩序はどうなっていくのか?もちろん、われわれ自由民主主義陣営が望むのは、「自由で開かれた」インド太平洋秩序を維持することだろう。
2030~50年のインド太平洋地域の勢力図では、米中の、また日米豪自由民主主義陣営と中ロの権威主義陣営の力の差が、かぎりなく縮小し、ひょっとすると逆転してしまっているかもしれない。そうなると、そのとき、いまよりも大きな力をもっていると予測されるインドは、なんとしても取り込みたい、ということになる。
安倍晋三が2012年末に第2期政権を樹立する際に披歴した「セキュリティダイヤモンド構想」にはそうした思惑があった。安倍は国際NPOのプロジェクト・シンジケートに発表した英語論文のなかで、オーストラリア、インド、日本、米ハワイ州で四角形をつくり、中国の進出によって危機に晒されている海洋のコモンズ(共有地)を守らなければならない、と主張した。
しかし問題は、インドという国が、アメリカや日本、オーストラリアに、現状よりも接近するということがありうるのか、である。日米、米豪間にみられるような同盟を、自由民主主義陣営と結ぶようなことはあるのだろうか?
現時点で、インドはどの国とも同盟関係にはなく、アメリカとであれ、日本とであれ、オーストラリアとであれ、その他ヨーロッパ諸国とであれ、すべて、同盟国未満の「戦略的パートナーシップ」関係にとどめている。クアッドについても、同盟ではないという立場だ。
インドのジャイシャンカル外相は、クアッドを「数多くあるグループのひとつにすぎない」とし、「(インドは)柔軟性のない同盟は回避する」と主張してきた。この姿勢は、2020年の中国との軍事衝突を受けても変わることはなかった。「民主主義国同盟」を呼びかけるアメリカに対し、同外相は、アメリカは同盟思考を「乗り越える」必要がある、とはねつけた。相当、頑なである。
ということは、現状のままでは、インドがクアッドの同盟化を受け入れるはずはない。少なくともインドを取り巻く環境になにか劇的な変化がないかぎりは、インドが日米豪など西側に、よりいっそう傾斜を強めるというシナリオは起こりえない。
それでは、インドの態度を変えうる環境変化とはなんだろうか?それは、普通に考えれば、現状のままでは、インドの存立が成り立たないとインドが判断した場合ということになる。
想定されるのは、なんといっても、中国の軍事的攻勢が、2020年のガルワン衝突(編集部注:印中がせめぎあうガルワン渓谷で、パトロール中のインドの部隊を中国側が石やこん棒で突然襲撃。インド兵はつぎつぎと谷底に突き落とされ、20名が殺された)レベル以上に本格化し、それにインドが耐えられなくなる事態だろう。要するに、このままでは、中国に侵略されてしまう、と本気で恐れるようになった時だ。
2050年までには、中国も、総合的な国力でインドからの猛追を受けている可能性が高い。だとすれば、中国としてはそれまでのうちに、インドをたたいてねじ伏せておきたいところだ。中国共産党指導部が、インドとの未解決の国境問題を武力で解決し、中国の秩序をインドに強制しようとしたとしても不思議ではない。
かつてインドは、中国の脅威に対して、自国の軍事力を増強するとともに、ソ連との連携を強化することで対処しようとした。将来も、同じ手法は通じないだろうか?
まずは、自前の軍事力増強がどこまで可能かについてだ。CEBR(編集部注:イギリスを本拠とするシンクタンク、「ビジネス経済研究センター」)の予測によると、少なくとも2030年代までは、中国とインドのGDPの差はほとんど縮まらない。そうであれば当然、軍事費の差も、それほど縮小しないだろう。
それに、たとえそれ以降のGDPの伸びとともに、軍事費が増えたとしても、その成果が装備等を含めた軍事力として反映されるには時間を要する。つまり、中国の軍事力増強にインドだけで対抗しようとしたとしても、実際に軍事侵攻されるときまでに間に合う保証はない。もちろん、中国もそんなことはわかっているから、インドの準備が整うまでに行動を起こす可能性が高い。
ロシアを頼れず中国とは緊張関係
それでもインドはアメリカ陣営を避ける
それでは、ソ連の後継国、ロシアというインドの伝統的パートナーとの関係は使えないのか?
こちらのほうは、もっと心もとない。冷戦後のロシアの力は、かつて超大国としてアメリカと張り合ったソ連のものには遠く及ばない。
もともと、インドにとってのロシアの重要性は、相対的に低下傾向にあった。2022年にプーチン大統領がはじめたウクライナとの戦争のなかで、インドがロシアを非難せず、原油やガスの輸入を増やしたのはたしかだが、中長期的には、インドにとってのロシアの価値の低下に拍車がかかることになるだろう。







