老いては「好き」にしたがえ!

つらいのは自分だけじゃなかった。もう我慢しない、頑張らない、50代から始まる男の更年期。その乗り越え方を、コメディアン俳優・片岡鶴太郎が、自身の経験をもとに伝える。本稿は、『老いては「好き」にしたがえ!』(幻冬舎)の一部を抜粋編集したものです。

上からも下からも挟まれる焦りと
「うつ」の試練を経験した50代

 いろいろな挑戦を続けてきた私にも、50代前半の時につらい時期がありました。あの頃は心が病んでいたと言ってもいいでしょう。

 自分がこんな状態になることは“絶対にない”と考えていましたが、悩みはいつの間にか大きくなっていて、気づくと心が鬱々としていたのです。

 何か耐えられない出来事が起きたわけではない。はっきりとした原因がわからない。ただ、50代が中途半端な年齢に思えたんでしょう。

 役者として老け役をやりたくても、私より年上のいい役者さんが大勢います。かといって今から若い役を演じるわけにもいかない。30代にして一線から遠ざかったバラエティー番組を見渡すと、自分より若い世代が席巻している。今さら戻れるほど甘くはない。「どこに自分のポジションがあるんだろう……」とわからなくなったんです。「このままじゃヤバイよな……」と思い詰める日々。気づくと、一点を見つめて、鬱々としている自分がいる……。

 絵に関しても、個展を始めて10年が経ち、世間からは私が絵を描くことに前ほどの新鮮味を持たれなくなっていました。「鶴太郎さんは絵を描くんですものね」とあっさり言われるようになったんです。

 役者としても画家としても何だか中途半端な気がして、行き詰まっていました。毎日が閉じ込められたように息苦しいんです。たぶん更年期の女性に訪れるような身体の変化や変調も、当時あったと思います。

 気を紛らわそうと書店へ出向くと“男の更年期”と書かれたタイトルの本がやたらと目につく。「俺のことだ」と身につまされると、いよいよ「ヤバイヤバイ、どうにかしなきゃ」と本気で焦り始めました。

 鬱々としている自覚はありましたから、仕事場では周りに悟られないように振る舞いました。もう20年近く経った今だから言えますけど、当時はそんな鬱の状態が2年くらい続いたんです。

 私が考えた解決法は、30代でプロライセンスをとるために頑張ったボクシングをやってみることでした。身体を疲れさせ、夜は何かを考える間もなくコテッと寝られれば改善するんじゃないかと、もう一度ジムに通うことにしたのです。

 しかしジムで練習し、目一杯に汗をかくと爽快なのに、シャワーを浴びている最中、考え込んでいる自分に気づく。ひとりでいると、ふーっと精神が沈んでいきます。

 次の対策として、食事会を開きました。ボクシングを始めた30代以降、会食の機会はめっきり減っていたのですが、人と明るく食事をすれば鬱の状態が良くなるんじゃないか、と考えたのです。

 しかし、その時は明るく振る舞って食事をしていても、帰ってひとりになると、無理をした反動なのか、やはり精神が沈んでいく。すぐに、「絶対大丈夫だから、大丈夫だから、何をそんなに不安になってるんだ」と自分に言い聞かせました。

「こういう経験ものちに財産になっていくんだから。口元はちゃんと笑っていろ。大丈夫だから、大丈夫だから……」

 とはいえ、人間は他人を励ますことは簡単にできますが、自分自身を励ますことは難しい。これを身をもって知りました。

更年期の誰にでも
来るうつ状態

 ちょうどその時期、素晴らしい出会いがあったんです。

「昭和29年の午年生まれの会を作りたいと思っているのですが、いかがでしょうか」

 ある方からこんな連絡が入りました。

 話を伺うと、メンバーは当時の小泉政権下で自民党の幹事長を務めていた安倍晋三さん、今は神奈川県知事ですが当時はニュースキャスターだった黒岩祐治さん、元フジテレビアナウンサーで今はフリーアナウンサーの酒井ゆきえさん。一般の方ですと銀行の頭取の方など、いろいろな業界の方がいらっしゃる。しかも、みんな29年生まれだというのです。

「ちょうど50歳になった人たちで『午年の会』を作ったので、我々と同い年の安倍さんを総理にすることを旗印に集まりませんか」

 大勢が集まる場は好きではなかったのですが、更年期症状から気分転換をはかれるかもしれない食事会とあらば話は別。参加してみることにしました。

 最初に集まった場所は、なんとある参加者の方の会社の会議室。殺風景な会議室に20名以上がテーブルを囲んで座り、紙コップにビールを注ぐような簡素な会でした。ひとりずつ自己紹介をすると、やはり業種も違えば故郷も違う。同じなのは昭和29年の午年生まれということだけ。

 しかし、驚いたことに、会のメンバー全員、共通する悩みや葛藤を抱えていたんです!しかも、みんな50代に突入してから、心に鬱々した何かを抱え出したと。黒岩さんはキャスターとしてこの先どうするか、安倍さんは総理への道として何をすべきか。他の皆さんも社内や組織でそれぞれの立場で行き詰まりを感じていた。上にはまだ活躍する世代が大勢いて、下には勢いのある若者が突き上げてくる。そんな共通の悩みを持っていたからか、初対面なのに意気投合し、そこから本格的な会が始まったんです。