1200年続く京都の伝統工芸・西陣織の織物(テキスタイル)が、ディオールやシャネル、エルメス、カルティエなど、世界の一流ブランドの店舗で、その内装に使われているのをご存じだろうか。衰退する西陣織マーケットに危機感を抱き、いち早く海外の販路開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」の12代目経営者・細尾真孝氏だ。その海外マーケット開拓の経緯は、ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている元ミュージシャンという異色の経営者。不透明で先行きが見えにくい今の時代に、経営者やビジネスパーソンは何をより所に、どう行動すればいいのか? 細尾氏の著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)の中にそのヒントはある。本連載の特別編として、細尾氏の最新インタビューの第2回をお届けする。

世界初! 大阪万博に長径24mの巨大な西陣織のドームが出現直径24メートルの巨大な西陣織のドーム(完成のイメージ)。写真提供:飯田グループホールディングス株式会社

西陣織史上最大となる世界初の立体織物

――HOSOOは大阪万博に参画されるということですが、どういうものなのかお伺いしていいですか?

細尾真孝(以下、細尾) 10月18日にプレス発表がされ、ようやく情報解禁となりました。2025年に開催される関西万博の飯田グループ×大阪公立大学共同出展館パビリオンの中で長径24m、高さ約13メートルの巨大ドーム状の西陣織建築が出現します。外側のドームを覆う部分がすべて西陣織で覆われるという、おそらく西陣織史上最大となる織物が出来上がる予定です。

――巨大な西陣織のドームですか?

細尾 はい。パビリオンの外装が西陣織という、かつてない規模の西陣織建築となります。開催期間も半年間ありますので、当然、その期間、野外で耐えられる強度だったり、耐光性だったり、耐火性とか、もう全部、クリアしなきゃダメです。織物だと絶対に不可能だと言われる領域だと思います。また今回、柄は日本の伝統的な紋様で織り上げています。

――これまた壮大なスケールというか、挑戦的な試みですね。

細尾 よく着物の世界だと絵羽(えば)と言って、あらかじめ、柄を設計して生地をつなぎ合わせていくことで、連続紋様を表現する技法がありますが、今回、大変だったのは立体であるということですね。ドーム状であるということは、平面でくっ付け合わせても、ドームになると辻褄が合わない。つながらないわけです。

――確かに、そうですね。

細尾 そこに関しては、弊社のHOSOO STUDIESとい研究開発部門の中にQUASICRYSTALという、コンピュータプログラマーと数学者との共同研究開発があるのですが、それに関わっているプログラマーにも今回の万博プロジェクトに入ってもらいました。CAD技術や、3Dマッピングの技術を応用して、一度、3Dにしたものを、もう一度、平面にもどすプログラムをつくるなどして、立体になっても柄が繋がっていく織物を実現させました。先端のコンピュータ・テクノロジーと今までの様々な挑戦によりHOSOOで培ってきた知見を総動員した世界初の立体織物となったと思います。

――これは、ぜひ見てみたいですね。

細尾 今回、屋外で長期間、外壁として耐えうる素材の開発や最先端のプログラミング技術を取り込むことで可能になった、立体織物によって実現される、世界初の西陣織建築となります。西陣の歴史上でも前代未聞の大きさです。

――すごい画期的なものですよね、お話を聞くと。

細尾 ほんとにもう世界初というか、まさに私の書籍のタイトルにピッタリな挑戦ではあるかなと思います(笑)。

未来を担う子どもたちに、どう夢を与えられるか

――織物で野外でそれを構築するということで、安全性とか建築的な許可というのは大丈夫だったんですか?

細尾 そうですね。そこは今までやったことがないので、今回、皮膜の部分は太陽工業さんという東京ドームなどを手掛けている、日本で一番、その技術を持っている会社とタッグを組んで西陣織皮膜というのをつくりました。太陽工業さんもこのようなプロジェクトは前例がないわけで、最初は不可能だというところからスタートしたのですが、どうすればやれるのかっていうのをここ数年やり取りをして、ようやく今、目途が立って進めているという状態です。

――大阪万博は、全体的に工期が遅れているみたいなニュースを見たのですが、大丈夫ですか?

細尾 ありがたいことに、私たちのプロジェクトは割と初期の段階から、いろいろ業者さんも決まって進めていっていますので大丈夫です。

――お客さんの大行列ができたりしそうですね。

細尾 万博って大人はもちろん、未来を担う子どもたちに向けて、どう夢を与えれるかどうかが大事だと思います。そういう意味では昔の万博で岡本太郎さんの「太陽の塔」を見て、いろんな人がそこからインスピレーションを受けてアーティストになったりとか、勇気を貰ったのと同じように、それができるかどうか。また、オンラインを含めると世界の何十億という方がみることになります。そういう意味でも今回のデザインは、直球というか、日本の伝統的な文様なんですけど、それが3Dで立体でつながって、建築になっているというのは、実はすごい。今までありそうでなかったところを狙っていっています。

 細尾がやるからには、やっぱり織物じゃないとダメというか、機能だけでいくとこれって東京ドームと同じような皮膜を張れば、できるわけですけども、やっぱりそこに装飾とか織物という、人類が有史以来、大事にしてきたものが入ることが重要だと思います。文化や美というものが過去から現代に受け継がれ、また未来に繋がっていくイメージですね。今、世界的が不安定になっているタイミングの中で、文化や美が持つ力をしっかり示していけたらいいなと思っています。

――これもとても楽しみです。

細尾 結構インパクトあると思います。この後も、まだまだ挑戦が続きますので、正直、ドキドキですけどね。

メビウスの輪のような建築

――完成イメージ図を見ると、やや縦長のドームみたいな形ですか?

細尾 そうですね、繭のような形ですが、うねっていてメビウスの輪のようになっています。建築は建築家の高松伸さんによるものです。もともと高松さんからお声がけいただいて始まったプロジェクトでした。

――そうだったのですね。

細尾 今回、外側のドームの部分がプリントではなくて、織物であるということが大事なポイントだと考えています。なぜ、わざわざこの大変な織りでやるのか。そのほうが美しいからということなのですが、先ほどお話ししたように、人間にとって、なぜ美が大事なのか。なんで手間暇かけて、ここまでやるのかという、それに対する答えを出していきたいなというふうに思います。

細尾真孝(Masataka Hosoo)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。