1200年続く京都の伝統工芸・西陣織の織物(テキスタイル)が、ディオールやシャネル、エルメス、カルティエなど、世界の一流ブランドの店舗で、その内装に使われているのをご存じだろうか。衰退する西陣織マーケットに危機感を抱き、いち早く海外の販路開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」の12代目経営者・細尾真孝氏だ。その海外マーケット開拓の経緯は、ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている元ミュージシャンという異色の経営者。不透明で先行きが見えにくい今の時代に、経営者やビジネスパーソンは何をより所に、どう行動すればいいのか? 細尾氏の著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)の中にそのヒントはある。本連載の特別編として、細尾氏の最新インタビューの第1回をお届けする。
――さる9月26日にパリで開かれた「日仏フォーラム2023 / Forum France-Japon 2023」に登壇されたそうですが、どういう内容だったのですか?
細尾真孝(以下、細尾) 日仏フォーラムは、日本経済新聞社が主催するイベントで日仏両国から政財界人や学者、文化人が集まりビジネス分野の交流を促進し、文化の相互理解を深めるというものです。今年は1日のセッションでしたが、経済の方面では、欧州復興開発銀行初代総裁のジャック・アタリさんや一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄さん、アサヒグループホールディングス代表取締役社長兼CEOの勝木敦志さんなどの対談やディスカッションがありました。
私は文化サイドでの登壇で、21世紀美術館元館長の秋元雄史さん(東京芸術大学名誉教授)やシャネル「le19M」ディレクターのエレーヌ・ド・ビュランさんなどとディスカッションしました。他には楽焼(らくやき)の十五代、樂直入さんが登壇されていました。
――ディスカッションは、どんなテーマ・内容だったのですか?
細尾 エレーヌさんは、昨年1月にパリ19区にできた「le19M」というシャネル傘下の工房職人600人を集めたすごい施設のディレクターの方ですが、これからの未来の工芸のあり方とか、「le19M」がどういう考え方で工房を運営しているのかとか、単にモノづくりだけじゃなくて、経済のエコシステムの中でどういうふうに新しい仕組みを作るかみたいなところも含めて、どう文化を継承していくかという話がメインでした。あっという間の50分のセッションで、また、日本でもやりたいですねという感じで終わりました。
――ところで今回、細尾では織物のお茶室をつくられたということですが、それは一体どういう経緯でつくることになったのですか?
細尾 今回、「織庵(おりあん)」という名前の織物の茶室をつくって、本社2階にあるHOSOO GALLERYで展示しています。これは全部が織物で覆われている茶室です。これは、HOSOO GALLERYのR&D(研究開発)の一環ということで、ギャラリー展として出したんですけれど、お茶室のもともとのあり方みたいなところからリサーチしていきながら、それを現代とか海外も含めて、どういうふうに展開していったら面白いかな、みたいなところで実験的につくっている茶室です。
――織物でできたお茶室とは、画期的ですね。
細尾 そうですね。全部が織物で覆われながら、組み立て式の茶室となっていますので、どこにでも持ち運びできます。実際にフレームなんかも金沢にあるTesera社という、去年、立ち上がったモバイルの高級家具とか、棚とかテーブルとかを扱う会社の協力を得て、そこの構造を活用しています。1日で組み上がる本格的な茶室ということで、このモバイル性と軽やかさみたいなところも一つ重視したものになっています。
――何か開発における苦労とかエピソードなどは、ありますか?
細尾 骨組みはTesera社の規格アルミフレームを活用してということで、それに合わせて茶室の畳のサイズなんかも決めていくわけですけれども、やっぱりリサーチしていくと日本の規格サイズというのは、基本は畳をベースにつくられているんですね。それで、ちゃんと茶室として成立できるサイズに嵌まったということありまして、それで前に進めていきました。まわりを囲む織物の部分は、今年の4月にミラノサローネで発表した「Shoji Fabrics」というテキスタイルで覆われています。これはオランダ人のメイ・エンゲルギールさんというテキスタイルデザイナーの方と協業してつくったものです。彼女には、京都に何回も滞在してもらったり、住んでもらったりして日本の美意識を理解してもらうようにしました。屋内と屋外の曖昧な境界線だったり、外の光をどう室内に取り込んでいくかというような、そういった部分で女性ならではの柔らかいカラーセンスが活かされていると思います。
――実際に見てみたいです。
細尾 畳もカラー畳になっていまして、それも彼女がカラーリングをやってくれました。畳も織物なので、これも伝統的な畳屋さんに1本1本染めてもらい、グラデーションを掛けてつくったものです。室内には色が溢れているんですけど、全体が調和するような茶室ということが一つのポイントになっています。
――面白いですね。
細尾 西陣の織物という伝統的なものをグローバルに展開させていきたいということもありまして、そうしたオランダ人の女性アーティストのグローバルな感覚も入ったものになりました。そういう意味では、押さえるところは押さえつつも、やっぱりHOSOOらしくと言いますか、茶室のあり方という根本的なところを考えれるようなものになったのではないかなとは思います。
――モバイル式の織物の茶室は、そもそもなぜやろうという話になったのですか。著者の中に書かれていた持ち運びができるホイポイカプセルという住宅の延長ですか?
細尾 そうですね。茶室という用途にはなるんですが、書籍にも書かせていただいていたホイポイカプセルのプラン、妄想というのはずっと継続して行なっていまして、そういう意味では組み立てて茶室になる、野外でも展開できるということなので、ある意味、ホイポイカプセルに一歩近づいたと思っています。
――そうなのですね。
細尾 もともと日本の文脈でいきましても着物などもそうですが、体に近いものから展開していくような考え方がある中で、やっぱり一つの囲い。織物で囲うことによって、それが着物になり、部屋になり、また、家になるというような考え方というのは、日本古来の考え方でもあると思います。そういったものの第一弾ということですね。今回は茶室というフォーマットを取りましたが、中で4人、5人お点前もちゃんとできる空間がモバイルでできたので、ホイポイカプセルの第一歩としては、非常に京都らしい第一歩になったのかなと思います。
当然、ここを発展させていくと、例のホイポイカプセルで考えていたような、もう少しずっとそこで居住していくということも将来的には可能にはなっていきます。もちろん電気や水道などのインフラを中に入れていくとか、いろいろ必要にはなってくるんですけれども、そういうことも想定できるものともなっています。最終的には、これをどこまで広げていけるかというか。
――最初にお茶室にしようと言ったのは、細尾さんのアイデアなんですか?
細尾 そうですね。僕とメイ・エンゲルギールさんからも、「茶室、やりたいよね」みたいな話はありました。ただ、やっぱり茶室って結構ありがちではあるので、やるからには自分たちにしかできない切り口がいいねと。ちゃんとお茶の文脈も押さえた中でやらないと意味がないね、という話はしました。
千利休以降は、いかに茶室のグリッド(枠組み)を隠し、より有機的に見せていくかみたいなところが主流になった中で、今回の茶室はすごくグリッドが立つ構造なんですね。構造体を立たせているようなところがありまして、そこも一つ特徴ではあるんですけども、そういう意味では、今回のお茶室の畳のサイズも既存の畳のサイズではありませんので、いわゆる裏千家とか表千家とかお茶のどの流派の足捌きにも属さないものになります。
――これは今、HOSOO GARALLYで展示されているのですか?
細尾 はい。ただ10月27日(金)からは、この第一弾の展示をアップデートしまして、東京大学大学院とZOZO NEXTと一緒に共同研究しているAmbient Weavingというプロジェクトで、スマートテキスタイルを開発しているのですが、気温や体温などの環境の変化によって色が変わったりする織物の研究開発もだいぶ進化していまして、そうしたものもこの「織庵」の周りに展示します。
――いずれは実用化・商用化ということも念頭に置いている?
細尾 そうですね。実はもう海外の美術館などからも声が掛かっていまして、来年パリに行く予定です。モバイルになることの良さというのは、そこにもあるのかなと。
あとは、織物というのはもともとは装飾として始まったと思いますが、その中に太陽光パネルのような機能を持った織物だったりという複合的な要素が入ることによって、太陽光だけでその中のエネルギーが全部賄えるとか、そういうことも次の段階としては、できるんじゃないかなと考えています。
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。