エリザベス女王Wikipediaより

昨年、惜しまれつつ崩御されたエリザベス女王。「メーガン妃との関係」や「ヘンリー王子の王室離脱」「ダイアナ妃の死去」など家族のトラブルを多く抱えていた女王の名言から、家族についての深い思いを紹介します。本稿は、多賀幹子『英国女王が伝授する70歳からの品格』(KADOKAWA)の一部を抜粋・編集したものです。

家族に悩まされる
エリザベス女王の人生

 女王は「君主」として称賛を浴びる一方、身内の問題で苦しんだ。子どもにトラブルが多いのは、子どもと十分な時間が取れなかったからと罪悪感を抱いた。それでも、「家族を持つことは素晴らしい」と言い切る。今回は、彼女の家族への思いが表れた言葉の数々を見ていこう。

「幸せな結婚の秘訣は、互いに違う趣味を持つことです」

 女王とフィリップ殿下の結婚生活は殿下の死去で終わるまで70年以上続いた。お2人の仲睦まじい夫婦生活はよく知られている。それでも、一時、殿下には女優との浮気のうわさが流れ、女王も一部承知していたと言われる。しかし、女王が見て見ぬふりを貫くと、殿下は女王の愛に応えるようになった。夫婦は相手のすべてを把握する必要はなく、違う方向を向き異なる時間を持つこともまた必要という女王のアドバイスである。

「1992年は純粋な喜びをもって振り返れる年ではありません。“散々な年”と言ったところでしょう」

 ウィンザー城で火災が起きて、1000年以上王族が住んだ居城の115部屋が焼失したと言われる。原因は照明器具でカーテンが燃えるというありふれたものだった。女王にとってはつらい出来事だったけれど、国民に隠そうとはしていない。正直に伝えることで理解を求めた。また、1992年は、チャールズ皇太子とダイアナ妃が別居したとのニュースも流れた。「まるでおとぎ話のよう」と国民に称賛された結婚の無残な結果にも女王の胸は痛んだ。

「私は彼女に感銘を受け尊敬していました。 彼女の他者に捧げたエネルギーと、 特に2人の王子への献身的な愛に対してです」

 ダイアナ妃は、チャールズ皇太子と結婚したものの離婚、その翌年1997年8月末日にパリで交通事故死した。女王はスコットランドで避暑中で、ロンドンに帰って来ない。国民の悲しみは怒りに変わり、その矛先は女王に向けられた。女王は、ダイアナ妃の葬儀で追悼スピーチを行い、「ダイアナ妃に学びたい」と締めくくった。女王の国民の気持ちに添う言葉で、王室に対するわだかまりは次第に解けていった。在位中最大の危機と言われたダイアナ妃の死。乗り越えたのは国民に寄り添う女王の言葉だった。

思わず呟いた
メーガンへの本音

「よかった。メーガンは来ないのね」

 2021年4月9日にフィリップ殿下が亡くなり、葬儀にメーガン妃が渡英するかどうか、女王は気にしていた。数日すると、リリベットちゃんの妊娠中で「医者から止められた」とのニュースが入った。それを知った女王は思わずこうつぶやいたのだった。珍しく女王の本音が出たとして広まり、Tシャツに大書され販売されたりした。女王は静かに夫を弔いたくても、メーガン妃が出席すれば、彼女に焦点が当たって騒ぎになる。彼女が来ないことを知って、ふと女王が漏らした一言だった。

「チャールズが国王になるときは、カミラは王妃になることを望みます」

 女王は在位70周年の記念祭時に、カミラ夫人は王妃になるように望むと明言した。夫人がチャールズ皇太子と再婚したときは将来は王妃にならないとの約束だったが、彼女の勤勉な公務に取り組む姿勢や再婚後のスキャンダル生活ぶりから判断した。将来、彼女の称号については、国民の間で必ずもめると予想していた。チャールズ国王のスムーズな船出のためにも、自分の「一言」が決め手になるよう生前に伝えた。夫人のことは嫌っていた時期もあったが、私的な感情に流されず、王室にとっての最善策を発信した。

「我が家にも、家族間の意見の不一致といったものがあります」

「我が家にも風変わりで気まぐれで、言うことを聞かない若者がいたりします」の後に続く言葉。素晴らしい家庭でも、親にとって扱いにくい子どもはいるし、家族間で意見が合わないこともあると、率直に打ち明けた。王室だからといって、理想的な家庭とは限らない。飾らない、見栄を張らない、正直な人であった。こうした言葉は、国民に親近感を抱かせたことだろう。