人生100年時代、お金を増やすより、守る意識のほうが大切です。相続税は、1人につき1回しか発生しない税金ですが、その額は極めて大きく、無視できません。家族間のトラブルも年々増えており、相続争いの8割近くが遺産5000万円以下の「普通の家庭」で起きています。
本連載は、相続にまつわる法律や税金の基礎知識から、相続争いの裁判例や税務調査の勘所を学ぶものです。著者は、相続専門税理士の橘慶太氏。相続の相談実績は5000人を超えている。大増税改革と言われている「相続贈与一体化」に完全対応の『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】 相続専門YouTuber税理士がお金のソン・トクをとことん教えます!』を出版する。遺言書、相続税、贈与税、不動産、税務調査、各種手続という観点から、相続のリアルをあますところなく伝えている。
親子関係が悪いと、こんなトラブルが起きます
4000万円の預金と4000万円の自宅を持つA男がいました。A男には妻のB子と娘のC美がいます。B子とC美は親子ではあるものの仲は良くありませんでした。A男に相続が発生し、B子とC美で遺産の分け方について話し合いをします。
この度の相続においてはB子とC美の法定相続分は2分の1ずつです。もし、4000万円の自宅をB子が相続するなら、預金4000万円はC美が相続することになります。しかし、これではB子が今後生活していくための金銭がありません。どうしたらいいのでしょうか?
配偶者居住権とは?
配偶者をできるだけ手厚く守るために2020年に新設されたのが、配偶者居住権という制度です。先ほどの例で言えば、自宅の権利を、住む権利(居住権)とそれ以外の権利(所有権)に分離させ、住む権利はB子に相続させ、それ以外の権利はC美に相続させるという形を選択できるようになりました(相続人全員の同意のもと、任意で設定できます)。
住む場所と生活費を確保!
仮に居住権の評価額が2000万円、それ以外の権利(所有権)の評価額が2000万円になったとしたら、B子は居住権2000万円と預金2000万円を相続し、C美は所有権2000万円と預金2000万円を相続。これで法定相続分通りになります。B子は住む場所と生活資金を確保でき、安心です!
一方、C美はどうでしょうか? 「自宅の権利のうち、住む権利は母にあるわけで、それ以外の権利って具体的にどのような権利が残っているの?」と疑問に思う方も多いでしょう。C美の権利としては、将来その自宅を売却した場合に、売却代金をもらうことができる権利があります。また売却するかどうかを選択する権利もC美が持っていることになります。
不動産は売却できる?
ちなみに、配偶者居住権が設定されている不動産であっても売却することは可能です。
ただ、配偶者居住権が設定されているかどうかは、不動産の登記簿を見れば誰でもわかりますので、配偶者居住権付きの不動産を買いたがる人が現れるかどうかは別問題です。
なお、所有権を相続したC美が、B子に対して家賃を請求することは禁止されています。
今回の事例では配偶者居住権2000万円、その他の権利(所有権)2000万円と半分ずつに評価を分けましたが、実際には、居住権の設定期間等によって居住権の評価額を算出することになります。設定期間が長ければ長いほど居住権の評価額が大きくなるわけです。
設定期間は任意に決めることができ、期間の設定をしなかった場合には、終身(配偶者が死ぬまで)で設定されたことになります。
配偶者居住権を設定した後に配偶者が亡くなったら?
子どもが複数人いるような家庭(ex 父・母・長女・二女)において、一次相続の際に配偶者に居住権を、その他の権利(所有権)を長女に相続させたとします。その後に配偶者に相続が発生した場合(二次相続)には、配偶者居住権は消滅し、長女が一次相続で相続していた権利(所有権)は、住む権利も復活し、通常の所有権の状態に戻ります。
ここでのポイントは、二次相続の際に、長女と二女が話し合い等をしなくとも、自宅は長女の物になることが決まっている点です。一次相続の時点でその他の権利(所有権)を長女が相続することが決まれば、二次相続の際には居住権の消滅を認識するだけなので、二女が「やっぱり私も自宅を相続したい」と言っても認められません。
そういった意味では、一次相続の際は「配偶者居住権を設定するかどうか」だけではなく、「所有権を誰が相続するか」についても慎重に検討しなければいけないですね。
(本原稿は橘慶太著『ぶっちゃけ相続【増補改訂版】』から一部抜粋・編集したものです)