高校1年生の冬、落研のOBであるさださんに年賀状を書いたら、なんと返信をもらい、「電話よこせ」と書かれていたので、おそるおそる電話をすると… Photo:SANKEI
今年10月25日にデビュー50周年を迎えたシンガーソングライターのさだまさしさん。同じ國學院高校落語研究会の後輩で元制作マネージャー、45年もの交流がある松本秀男さんによると、アンオフィシャルな場でのさださんは、何をするにも全力で楽しむ人。根っからの「面白がり」で、人生を楽しむ達人だといいます。前回に続き、松本さんの近刊『さだまさしから届いた見えない贈り物』(青春出版社)から一部抜粋・編集して、今すぐマネしたい、さださんの「面白がり力」のルーツを、二人が出会った頃にさかのぼってご紹介します。
出会った頃からの「すごいサービス精神と気遣い」
さださんとの出会いは、私が高校1年生の冬。さださんは國學院高校の落研の9年先輩です。私が入学する頃にはすでにソロデビューして、『雨やどり』などが大ヒットしておりました。
落研のOBであるさださんに年賀状を書いたら、なんと返信をもらい、「電話よこせ」と書かれていたので、おそるおそる電話したらば、電話口に出た大スターの第一声が、「で、いつ来る?」でした。
後になってよくわかったことですが、さださん自身、有名人・芸能人という気取りのない「よかよか」な方。そしてサービス精神も尽きることなく湧き出す泉のような方。だから周りからも好かれて、いつも周りに笑顔があふれているのです。
そんなこんなで、「そうだ、落研の同級生もいるなら、連れてこいや」となり、落研の同級生とご自宅へ。さださんはデビューしてから、蔵のある古い家を借りてご家族と住んでいらっしゃいました。東と南に縁側もある、ヒット曲『秋桜』に書かれた情景そのままの素敵な家。その蔵を改造して、大きなスピーカーで音楽を聴けるようにしたスタジオのような部屋に私らは通され、コタツを囲んで、お昼すぎから夜の9時すぎまで、ずっと。ずっと。さださんの話を聴いて、笑い転げておりました。
帰り際、「また来いや」と言われたのですが、その後のセリフがすごい。
「と、言っても、お前らなかなかさだまさしの家に来づらいだろうから」さださん、後ろを向いて、ステレオの下のLPレコードを物色して、
「これ、さっき話した、俺が今一番好きな、ポールサイモンの『時の流れに』ってアルバム。これ貸してやるからよ。回し聴きして、聴き終わったら、返しに来い。そしたら来る言い訳になるだろ。じゃな、それを言い訳にして、また来いや、気ぃつけてな」
素敵な人、素晴らしい人、一流の人、気遣いも一流なのですね。なんの見返りもないような、高校生相手に。普通の高校1年生男子たちは、シビレまくって帰りました。足もですが。
楽しみは自分で作れるもの
高2の夏休み、「秘境をめぐるツアー」と称し、さださんと旅をしたときの話です。「出雲大社の社殿の前で感動的に会う」はずでしたが、出雲市駅から歩いている途中の旅館の前、前乗りしていたさだ先輩に出くわします。
「おお、お前ら、無事に着いたか。だけど、やりなおし!」さださんからまさかのリテイクがかかり、またそこで別れ、私たちは先に社殿に向かって待ちます。
「おおおお! 松本! ○○! 無事だったか~!」出雲大社の長い参道を手をふりながら、わざわざスローモーションで走ってくるさだ先輩。周りの参拝客が何ごとかと見ていました。
そして出雲から秘湯・湯抱温泉で一泊して津和野の宿へ。昼間に突如旅館からさだ先輩がいなくなったかと思うと何やらゴッソリ買い物してきた様子。
「俺らのユニフォーム作ろうと思ってさ!」見ると、津和野のどこかの洋品店で仕入れてきた「Tシャツ」と言うより「肌着」という感じのグンゼの丸首シャツを人数分。ひょっとして農作業用?という緑のサンバイザー人数分。そしてこれもその洋品店で一所懸命選んだと思われる、タオルというより温泉タオルに近い黄色いタオル。さらにサラシ。サラシ?







