前時代的なセクハラ、パワハラが横行し、ノルマがすべてともいえる生保業界。「生保レディ」と称される人々は、大切な友人を失ってでも必死にノルマを獲得しなくてはならない。新卒で大手生命保険会社に入社した「みかんちゃん」こと三上杏が直面した、過酷な生保レディの現実とは?
本稿は、忍足みかん『気がつけば生保レディで地獄みた。』(古書みつけ)の一部を抜粋・編集したものです。
ノルマをクリアしないと居場所がない
大手「生保レディ」の後悔
私の職業は、生命保険会社の営業だ。
それも国内有数の大手である。CMも目にするし、誰もが聞いたことがある社名だろう。
ところで、生命保険の営業というと、どんなイメージをもつだろうか?
ノルマが厳しそう? 女性ばかりでいじめがありそう?
家族や親戚全員保険に加入させられそう? 枕営業とかしてそう?
人に嫌われる仕事? なんかよくわからないけれどシンプルにヤバそう?
そう、誰もが保険会社の営業というと、良いイメージをもたないし、なんだかちょっぴり身構える。仮にも大手企業なのに、ネズミ講や霊感商法の勧誘と同じ扱いを受ける。
ところが入社前、就活生だったころの世間知らずの私、すっとこどっこいガールの脳内には、保険会社に悪いイメージはなかった。そもそも、保険屋さんとかかわることがなかったため、連敗続きの就活中、大学内で開催された会社説明会の人気のない保険会社のブースを見つけたときも、保険会社? 保険って何? 病院で出す保険証のこと? ミステリーでよく保険金殺人が起きるけれどあれのこと? レベルだった。ちゃんと知識のあるほかの就活生がお利巧にそこを敬遠するなかで、ノコノコとそのブースに近づいていた。ブースに置かれた会社のキャラクターらしき大きい熊のぬいぐるみがかわいかったからだ。
「ハピネス……生命」
会社の名前は聞いたことがあった。保険のことはチンプンカンプンで、どんな仕事かもわからない。ただ、掲示されているポスターの「お客様の人生に寄り添うお仕事」というフレーズがなんだかステキに思えた。
内定をもらった夏から1年半。
人をひき殺さなかった電車が、職場の最寄り駅に定刻通りに着く。
人の波に押されてホームに降り立ち、当然のように改札へと向かう。その波の中には、真新しいリクルートスーツの子たちもいる。就活生だ。2学年下の子の就活は今月から始まるのだ。君たちはいいことだけ記した求人詐欺の甘い言葉に騙されないようにねと、背中に語りかける。……騙される、なんて被害者ぶった言い方だとはわかっている。だって、入社したいと飛びついたのは、紛れもない私なのだから。
駅を降りて道なりに5分。見えてくる建物の8階。ここがハピネス生命のオフィスだ。重い扉を開けてエレベーターを待つ。私は、鞄に入れ続けている、就活時代にもらった求人用のパンフレットを取り出す。こうなりたいと憧れたスーツ姿の女性の笑顔は、今見るとどこか不自然で、なんとなく無理をしている。並ぶ福利厚生も、代えの利く働きアリを引き寄せる甘い甘い水だと、今ならわかる。ノルマはステキな目標ではなく、ただのノルマだし、大丈夫は全然大丈夫ではない。
世間的にはちゃんと負のイメージが蔓延しているのに、それを知らずに入社した私が悪い。
エレベーターが来てしまう。当たり前だ。ボタンを押したのだから。恐る恐る乗り込み、ボタンを押す。すぐに着いてしまう。大丈夫、お客様のためにもがんばろう。